2024年1月27日土曜日

喪失と希望の物語

        
 作品は2部構成。分量で3分の2を占めるⅠ部は喪失、残り3分の1のⅡ部は喪失からの再生と希望がテーマだと気づく。

ラウラ・今井・メッシーナ/粒良麻央訳『天国への電話』(早川書房、2022年)。先日、この本に出合った経緯を書いた。

作品の冒頭に「これは、日本の東北地方、岩手県に実在する場所にインスピレーションを受けた物語だ。(略)/電話ボックスには一台の古い黒電話が置かれ、電話線のつながっていないその電話は、無数の声を風に届けている。(略)」=写真=とある。

 岩手県に実在する場所と電話ボックスは、東日本大震災のあと、国際的に知られるようになった大槌町の鯨山のふもとにある「風の電話」だ。

 作者は在日イタリア人作家で、2020年、この作品がイタリアで発表されると、ベストセラーになった。最近、その存在を知り、たまたま日本語訳が図書館にあったので、借りてきて読んだ。

 主人公の長谷川ゆいは31歳。母と3歳の娘を津波で亡くした。避難所生活も経験した。今は東京のラジオ局でパーソナリティとして働いている。藤田毅は35歳。同じ東京で外科医として働いている。がんで妻を亡くした。母とやはり3歳の娘がいる。

 その2人が「風の電話」のある庭園「ベルガーディア」で出会い、毎月そこへ通うようになる。庭園の管理人である夫婦と昵懇(じっこん)になり、それぞれの理由で庭園へやって来る人間とも交流を深める。

 高校生の啓太は病死した母親に電話をかけるためにやって来る。母親は東大卒で、啓太もそこを狙って、やがて合格する。

 研修医のシオの父親は漁師だった。あの日、沖へ船を出して津波を乗り越えようとしたが、陸に戻され、ビルの屋上に引っかかった。それ以来、父親は正気を失う。シオは父親に電話をかけるために庭園へやって来る。

 プロローグは、台風から庭園を守ろうと、一人ゆいが奮闘している姿を描く。実はⅠ部の終わりにこんな1行が置かれていた。

管理人が病気になり、今後は予約に合わせてボランティアが出迎えを担当する、そう決まった「数日後、さらに報せが入った。まもなく強烈な台風が鯨山を直撃する、と」。

Ⅰ部の終わりからプロローグに戻り、さらに荒れ狂う台風にゆいが翻弄されるところからⅡ部が始まる。物語は循環する。

けがをして気絶したゆいは啓太と彼の父親に発見される。病院に担ぎ込まれると、今度はシオが現れる。シオがいうには、父親が台風に刺激されて正気を取り戻しつつあった。

退院して東京へ帰ると、ゆいは毅と正式に結婚する。毅の娘の花はすでに失語症から回復していた。やがて2人の間に男の子が生まれる。

結婚を前にして、ゆいは初めて鯨山の電話ボックスに入り、受話器を握って母と娘に話しかけた。「もしもし?さちこ?ここだよ、ママだよ」――。喪失から再生へ、希望へと物語は紡ぎ直されて、ここで終わる。

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