2010年12月1日水曜日

ムクドリ


私の住むまち(いわき市平中神谷)には、ムクドリのねぐらになるような街路樹はない。が、ねぐら入りをする前にみんなで集まって一休みしよう、という場所はあるようだ。

夕方、散歩をして家に戻りかけたとき、ムクドリが一本の電信柱をめがけて現れ、次々に電線に止まった=写真。止まり方が、まるで定規で計ったように等間隔だ。こういう生きもののデザイン性にいつも感心させられる。

ムクドリは、わがウオッチングの範囲内ではいわき駅前のケヤキ並木がねぐらだ。夕方になると、「空飛ぶイワシ」よろしく、大群が続々と現れ、飛びながら「トマト」の形になったり、「スイカ」になったり、「キュウリ」になったりしたあと、わらわらとケヤキに舞い降りる。よくもぶつからないものだ。

ケヤキにまだ茶色がかった葉が密生していたころの話――。たまたま孫を連れていわき駅前の「ラトブ」に入り、2階からペデストリアンデッキに出たら、ムクドリの大乱舞が見られた。「見ろ、あれ。ムクドリだ」と3歳の孫に言ったが、むろん分かるわけはない。孫はちらりと見ただけだった。

が、その「ちらり」が幼児には刻印されるらしい。後日、孫の守りをしていたとき、「ラトブ」の話になった。「いっぱい鳥が飛んでいたね」と言ったのには驚いた。大人が思う以上に、幼児は深く事象を記憶している、ということだろう。

ラトブの前の歩道にあるベンチは「フン害防止」のため、座れないようにカバーがしてある。わが家の近所では「フン害」の話は聞かない。

それより、電線に密集したムクドリたちをながめているうちに孫の言葉を思い出して、<幼児といえどもごまかせない、いいことも悪いこともちゃんと見ている>と自分に言い聞かせたのだった。

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