2019年1月30日水曜日

突然、客がやって来た

 月曜日(1月28日)は夕方、街の帰りにいつもの夏井川の堤防ではなく、対岸・山崎の県道を通った。ちょうどハクチョウたちが東方の田んぼから戻って来るところだった=写真。助手席のカミサンに頼んで写真を撮ってもらった。
車を運転していると、どうしてもシャッターチャンスを逃してしまう。帰るとすぐ、ハクチョウの写真を確認して晩酌を始めた。銚子が底をつこうという夜7時半ごろ、いわき地域学會の若い仲間から電話が入った。「これから飲みに行ってもいいですか、A君ともう一人の3人で」

 去る者は追わず、来る者は拒まず――で、もちろんOKした。慌てたのはカミサンだ。酒はあるが、つまみがない。電話をかけてきたのはW君。A君はインターネット古書店主。わが家に着いてから、A君がコンビニへ行って自分の好きなつまみとアルコールその他を買って来た。

残る一人は……。ネット古書店とは別に、A君は昨年夏、平・本町通りにリアル古書店を開業した。その店に、その日、たまたま現れた若い女性だった。日米の血が混じっている。「お・も・て・な・し」の滝川クリステルさんに似ている。日本語は流暢だ。

名刺に上智大学客員研究員とあった。アメリカのコロンビア大学で文化人類学を専攻し、博士課程にある学者の卵だ。原発事故に遭った双葉郡、そのなかでも主に大熊町の人々について調査・研究をしているという。いわき市南部にアパートを借りて住んでいる。

そうか、そうか。東京あたりからたまにやって来るのではなく、“現地”に住んでフィールドワークを続けるというのは、共感できる。それに、「非日常」(ニュース)を追うのは熱心だが、「日常」には弱いジャーナリズムと違って、避難者の暮らしや心の変化を継続的に調べている姿勢には、好感が持てる。

それはそれとして、たまたま入った古書店からW君の車で拉致(らち)されるようにわが家へ連れてこられたのだから、めんくらったのではないか。でも、「たまたま」から人はつながっていくのだ。詩人の鮎川信夫が晩年の日記に記していたように、「人生(ライフ)においては。あらゆる出来事が偶発的(インシデンタル)な贈与(ギフト)にすぎない」のだから。

今でこそ古書店主だが、A君は関東地方の大学に通っていたとき、運転免許を取るのにいわきで集中合宿をした。たまたま自動車教習所の周辺をぶらついたとき、わが家(米屋)に俵その他の藁製品や民具が飾られているのを見て、訪ねて来た。カミサンが応対した。以来、いわきの住人になり、三番目の息子のようなつきあいが続く。

そのA君の古書店にたまたま彼女がやって来た。20年ほど前のA君がそうだったように、今度も「たまたま」が「必然」になれば、それはそれでおもしろい。知りあいになった原発避難者を紹介したり、ゲストハウスに泊めたりするくらいのことはできる、ということを、いつもの倍は焼酎を飲んだ頭で考え、話した。

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