隠居の生活用水は西隣の東北電力の井戸(昔、対岸の発電所で働く所員の社宅があった)を借りて、モーターでポンプアップして利用している。水道管と電源ケーブルが地中に埋設されている。
学校の後輩が庭の草を刈り=写真、隣の敷地との境にある木々の枝を剪定してくれたばかりだ。ケーブルが一部むき出しになっている。「そこだけ注意して」。私らがいない平日に作業を続けた。むき出しのケーブルに近づくと、スマホで動画を見せながら、確認を求めた。
ケーブルのことも頭に入れて、まず隠居のなかにある水道のスイッチを確かめる。オンになっている。次はケーブル。隠居の庭の地表には異状がない。さらに、隣地の井戸小屋の様子を探る。そちらの地表も変わったところはない。前に長い間、隠居の電源をオフにしていたら、断水した。そのときはモーターのタンクに「呼び水」をして復活した。しかも、モーターは数年前に取り替えたばかりだ。
ポンプは、今回はうんともすんともいわない。電気が来ていないことだけはわかった。
なぜ電気が流れていないのか、原因がわからずに悶々(もんもん)としているところへ後輩がやって来た。早朝5時からハマに近い集落で草刈り作業が行われた。終わって、やり残しの剪定に駆けつけてくれた。
あれこれ話をしたあと、すがるような思いで話してみる。「草刈りが終わったら水が出なくなったんだ。ケーブルは異状ないんだけど」「ん? 呼び水は?」「モーターはうんともすんともいわない」。そのあと、ピンとくるものがあったらしい。「もしかして」と物置に入って行く。
隠居の風呂場の板壁にくっつけるようにして物置をつくった。板壁にはコンセントがあって、1本のケーブルが差し込まれていた。後輩はそれをはずして電動式の道具を使った。そのケーブルをコンセントに差し込む。カミサンに合図する。と、水が復活した。一気に胸のつかえがとれて大笑いになった。「『時の氏神』とはこのことね」。カミサンがホッとしながらいう。
物置にはなぜか洗濯機が置いてある。四半世紀前までは隠居を人に貸していた。前住者が置いていったものかどうかは、今となっては定かではない。てっきり洗濯機のコードだと思っていたのが、井戸の電源ケーブルだった。その誤解がそもそもの原因だった。
水が出ないために、みそ汁やお茶の用意ができない。隣の錦展望台の一角にある自販機からお茶を買って来て、家から持ってきた弁当(朝食)を食べた。
東日本大震災、そして去年(2019年)の台風19号と、いわき北部の平地では長い断水を経験した。水が出ない不便さを痛感しているカミサンが朝食後、催促した。「今すぐKさんに連絡して」。Kは学校の同期生で、水道工事業を営んでいる。隠居の水道管が凍結・破損した、井戸のモーターがおかしい……。そのつど電話をして来てもらう「水道のホームドクター」だ。
が、ときどき、なんだこれは、となる。単純な話、電源をオフにしていただけ。そんなレベルのトラブルで呼び出しをかけることがある。「家に帰ったら連絡する」とためらっていたところに後輩が現れ、あっという間に問題を解決した。いやあ、水道のホームドクターに連絡しなくてよかった。
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