2020年7月9日木曜日

ヒクイナ撮影の執念

7月3日のいわき民報に、「野鳥『ヒクイナ』の撮影に成功/野鳥の会いわき支部 市南部で生息を確認』の記事が載った=写真。
  ヒクイナは漢字で「緋水鶏」、あるいは「緋秧鶏」と書く。体全体が赤っぽいためにその名が付いたのだろう。ムクドリ大の夏鳥(西日本では越冬する個体もいるようだ)で夜行性、日中は水辺の草むらなどにひそんでいるから、撮影は難しい。

私は鳴き声を聞いたことも、姿を見たこともない。「あこがれの鳥」と口にすること自体おこがましいほど希少で無縁の鳥だったから、撮影に成功したというニュースには仰天した。

記事を手がかりに、同支部のホームページをのぞくと、「更新情報」コーナーに「ヒクイナ いわき支部初の撮影画像」という見出しで10コマがアップされていた。撮影したのは旧知の川俣浩文支部長で、撮影に至るまでの文章が添えられていた。

いわき民報の記事も加味して紹介すると――。平成29(2017)年、いわき市南部で水門工事が計画されたとき、環境アセスメント(環境影響評価)を手がけた調査会社から、ヒクイナの鳴き声・姿の記録がもたらされた。翌年から幾度となく調査したが、撮影には至らなかった。今年(2020年)、鳴き声情報を得て、連日、早朝調査を続け、5日目の4月29日、ついに撮影に成功した。

福島県内でのヒクイナの撮影記録は残されておらず、確認記録も1980年代に十数例あるだけで近年はなかった。このため、県内初の記録写真だろうと、同支部はみている。

手元に、いわきの野鳥に関する“教科書”が2冊ある。戸澤章『いわきの鳥』(2005年)と、同支部創立50周年記念誌『いわき鳥類目録2015』(2015年)だ。

『いわき鳥類目録』では、特に川俣さん撮影のアオバト、アカショウビン、ブッポウソウ、ヤイロチョウ、ホシガラス、ノゴマなど、希少も希少、幻の鳥の写真を見て楽しんでいる(アオバトは夏井川渓谷にも生息しているようだが、私は未見)。ヒクイナは――とみれば、残念ながら記載はない。それでも珍鳥のシロハラクイナの写真はあった。

『いわきの鳥』にはクイナ(冬鳥)とヒクイナ(夏鳥)の観察記録が載る。写真はない。ヒクイナについてのコラムが戸澤さんらしい。「徒然草」の「くゐな」、「源氏物語」の「水鶏」、あるいは佐々木信綱の作詞した唱歌「夏は来ぬ」の「水鶏」を紹介しながら、クイナとヒクイナの鳴き声の違いなどを解説したあと、こうつづる。

「わが家の裏には好間川が流れ、夏の夜には、ヒクイナの鳴き声が聞かれる。この鳥は昼間は葦(あし)などの繁みに潜んでいることが多く、姿を見ることはなかなか出来ない。だが、そのリズミカルな鳴き声は独特で、一度聞いたら忘れられない」

 耳学問・目学問でいうと、1981年、沖縄に生息する新種のクイナに「ヤンバルクイナ」の和名が付いた。伊東静雄の詩に「秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る」がある。このタイトルは、チェホフの書簡集から取ったものだそうだ。10代でこれを読んだときに、飛ばずに歩く困難と、その困難を生きる覚悟のようなものを感じたものだが、今は単純に野鳥としての生態に興味がある。

 とはいえ、私は、庭にメジロが来た、堤防を通ったらたまたまミサゴがいた――そんなときにだけカメラを向ける「なまけトリミニスト」にすぎない。今度もまた、相手のふところに入り込むようにして撮影する川俣さんの野鳥愛と執念には舌を巻いた。

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