2020年7月17日金曜日

村上編訳『恋しくて』

 ダンシャリで引き取った本のなかに、村上春樹編訳『恋しくて』(中央公論新社、2013年)があった=写真。竹久夢二の「黒船屋」を装画にしている。「甘くて苦い粒選りの10編/村上春樹が選んで訳した世界のラブ・ストーリー+書き下ろし短編小説」だそうだ。
  ローレン・グロフ(1978年~)の「L・デバードとアリエット――愛の物語」はニューヨークが舞台。2人の愛の不吉な伴奏曲のように、スペインインフルエンザ(スペイン風邪)が猛威を振るう。

1918年3月。朝刊に「カンザス州で健康そのものの兵士たちが奇妙な死に方をした」記事が載る。しかし、時は第一次世界大戦の末期。“異変”は欧州の西部戦線の戦闘の記事に埋もれてしまう。

4月。月の後半になると、奇妙な病気の記事が新聞にあふれる。ジャーナリストはそれを「ラ・グリッペ(スペイン風邪)」と呼んだ。しかし、アメリカ人はその病気には関心を払わない。

7月。病気の第二波がやってくる。「ボストンで人々が次々に倒れていく。ほとんどが壮健な年若い人々」だった。

10月。「インフルエンザの緩慢なうなりは、やがて怒号へと変わっていく。九月にはまだ暢気(のんき)にかまえていたものだが、十月にはもう冗談ごとではなくなってしまう。フィラデルフィアでは体育館が簡易ベッドで埋まっている。そこに横たわるのは、つい数時間前まで健康そのものだった船員たちだ」

11月。被害の報告は続く。しかし、「恐怖は完全に払拭(ふっしょく)されていないものの、疫病は峠を越える。一万九千を超えるニューヨーク市民の命が失われた」。

小説だから史実に忠実かどうかはわからない。が、スペインインフルエンザに見舞われた当時のアメリカ社会の空気のようなものは感じられる。

それから100年。今年(2020年)前半、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)がおきた。密」を避けるための巣ごもり中にたまたま『恋しくて』を手に取り、100年前と今を重ね合わせながら読んだのだった。

日本ではどうだったか。東京都健康安全研究センターの精密分析によると、①1918(大正7)年8月下旬にインフルエンザが流行し始め、10月上旬に蔓延して11月には患者数・死者数が最大に達した②2回目は翌1919年10月下旬に始まり、20年1月末が流行のピーク――だった。1921(大正10)年7月までもう1回流行があり、結果的に2300万人が感染して38万人が亡くなった。
 
『恋しくて』の装画が大正8(1919)年につくられた夢二の代表作なのも、「L・デバードとアリエット――愛の物語」のスペインインフルエンザと連動したものだったか。

5月中旬に緊急事態宣言が解除され、世の中が落ち着くかと思ったら、また東京などを中心にコロナの感染症者が増えている。第二波への警戒を怠ってはいけない――毎朝、新聞を手にしては自分に言い聞かせる。

0 件のコメント: