夏井川渓谷の隠居で家庭菜園を始めたころは、面白がっていろんな野菜を育てた。
ポット苗を2株ないし4株買って、小さく仕切ったうねに定植する。サトイモ、キュウリ、ナス、サヤエンドウ、ソラマメ、オクラ……。趣味の菜園だからこそできる少量多品種栽培だ。
しかし、真っ先に挑戦して、真っ先にやめたものもある。トマトだ。週末だけの手抜き栽培では無理、二度とやらないと決めた。
トマトは、雨の少ない中南米のペルーやエクアドルの高原地帯が原産地といわれる。茎に雨よけをしないと、長雨で果実の皮が裂けるのだとか。それを怠ったら、案の定皮が裂けた。
そもそもトマトを、となったのは、小さいころに食べたトマトの味が忘れられなかったからだ。
昭和30年代の高度経済成長が始まる前、家の裏に家庭菜園があった。ネギなどのほかに、1株か2株、トマトを栽培していた。
家のものか近所からのもらいものかはわからない。が、完熟したトマトの甘さが味蕾(みらい)に刷り込まれた。
それが、私のトマトの味の基準になった。今売られているトマトは、その基準からは程遠い。品種が違うらしい。
面白いのはミニトマトだ。生ごみを埋めると、中に残っていたミニトマトの種が芽生える。それは育てる、というより、ほっといても育つ。
それでもやはり、甘いトマトを食べたい、という思いは、意識の底にひそんでいるようだ。
あるとき、晩酌のつまみに細長いミニトマトが出た。ほかのミニトマト、あるいは普通の中玉より甘い。皮はやや厚めだが、それだって「いい歯ごたえ」のうちだ。一発で好きになった。
ネットで調べたり、生産者に聞いたりして、種名が「フラガール」であることを知った。「フラシテイ」を名乗るいわきらしい名前なので、一発で脳裏に刻まれた。
それ以来の、いやそれ以上の衝撃だったかもしれない。先日、隠居からの帰り、平窪にあるJAのやさい館で地場産の中玉トマト「ルビオーレ」=写真=を初めて買った。「おっ、甘い」。皮は厚めだが、中身はみずみずしい。
最初は売り切れて手に入らず、次の日曜日、昼前に寄ったら、あった。2袋を手に入れ、のどが渇いていたこともあって、さっそく車の中で食べたのだった。
平下神谷の休耕田を利用したハウスで、スマート農法でフルーツトマトの代表品種「フルティカ」を栽培していること、この1月から「ルビオーレ」の商品名で販売を始めたことなどは、いわき民報の記事で知った。
すると、やはりカミサンが「食べてみなくちゃ」となった。女性は男性よりも甘いモノに敏感だ。
カミサンの茶飲み友達界隈では、フラガールのときと同じように、たちまちルビオーレの甘さが知れわたったようだ。