2012年2月8日水曜日

孫との会話


土曜日(2月4日)の午後に上の孫をあずかった。カミサンは出かけていない。4歳10カ月。それなりに会話ができるようになった。「ジイジのちんちん」はともかく、「バアバのちんちん」などとわかったような、わからないようなことも口にする。そういう下ネタっぽいことまでいえるほど、脳みそがそだってきたのだろう。

2階に父親が子どものころつくったガンダムのプラモデルが置いてある。父親から教えられてすっかりガンダムにはまった孫は、わが家に来るとすぐ私の手を引っ張って2階に上がる。押し入れや天袋、本棚の上と、次々に場所を変えて、ガンダムの入った箱を取ってくれとせがむ。――はいはい、わかった、わかった。

7箱ぐらいずつテープでしばってある。それを取りだし、テープをはずしてやると、次から次に箱をあけてひっくり返す。それをまた箱に戻して片づけるのがこちらの仕事だ。賽の河原の石積みと同じで、まったくいやになる。

箱の中には完成して壊れかけたもの、途中までつくったもの、まだつくってないもの……と、いろいろな姿のガンダムが入っている。結局、自分の気に入ったガンダムはない。わかっているはずだが、わが家に来れば「ガンダムあさり」を必ずする。やめてくれ!

久之浜にもう一組のジイバアがいる。久之浜は3・11に、地震・津波・火災に見舞われた=写真。一部、原発から30キロ圏内に入るため、自主避難も余儀なくされた。すぐには安否がわからなかった。

ガンダムをいじりながらの、孫の問わず語り。「ツナミが来てカジになったけど、久之浜ジイジのおうちはダイジョウブだったの」

幼い子の口から「ツナミ」「カジ」ということばが出たことにハッとする。津波の実体も、火事の実体も、見てないからイメージできるはずはない。が、周りの人間、あるいはテレビから、「ツナミ」というものが来た、「カジ」というものが発生した、それで家々がなくなった、ということはわかるのだろう。

更地になった被災地をちょくちょく見ていれば、その光景がほぼ5歳児の“原風景”になっていく。“原風景”をつくったものは「ツナミ」であり、「カジ」である。もう少し大きくなって、写真集や動画を見るようになると、被災状況が頭に入る。するとそれがまた“原風景”に刷り込まれて、直接体験したような“幻風景”になる。

「ゲンパツ」だとか「ホウシャノウ」だとかいうことばも、そのうち使うようになるに違いない。すると、やはり”幻風景”のなかに福島第一原発の建屋爆発のテレビ映像が加わり、ほんとうに見たような記憶が形成されるだろう。

「原発震災」はおとなだってイメージできない。でも、孫たちは空前絶後の体験を記憶化せざるを得ないのだ。ガンダムだったら何とかしてくれるかもしれないが、こちらは人間、できることは限られている。そこがつらい。

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