今年は第二弾として8月5日、同じPITで本木雅弘主演の「遊びの時間は終わらない」が上映される。
おととい(6月15日)は、小名浜に大型商業施設「イオンモールいわき小名浜店」がオープンした。4階に最新鋭機器を備えた「ポレポレシネマズいわき小名浜」が入った。いわきの映画館史に新しい1ページが書き加えられた。その節目にいわきで見た映画の思い出と歴史を振り返ろう、というわけだ。
「いわき限定」では、15歳以降に見た映画ということになる。平に高専ができて3年目の昭和39(1964)年、阿武隈の山里から夏井川を下って浜通りを代表するマチにやって来た。校舎のそばの学生寮に入った。街へ遊びに行くのは土曜日の午後か日曜日。加山雄三の「君といつまでも」は、街へ映画を見に行って覚えた。
2年生、3学期、真冬――。それ以外は覚えていない。「君といつまでも」を主題歌にした映画は、昭和40年師走に封切られた「エレキの若大将」だ。
市立図書館のホームページを開き、いわき民報で上映年月日を確かめる。同年12月の広告にはない。翌41年1月1日付の広告に「3日封切り」とあった=写真。上映館は平・紺屋町(材木町?)にあった「東宝民劇」。4日付の「民報映画案内」によると、上映期間は14日までの12日間だ。すると、冬休みの終わりに故郷から寮へ戻り、3学期が始まったばかりで見に行ったことになる。
歌詞こそ岩谷時子だが、自分で曲をつくり、ギターを弾きながら歌う、シンガー・ソング・ライターとしての加山雄三に引かれた。映画を見て寮に戻り、ギターでまねをしたらちゃんと弾けた。シンプルでも心地いいメロディーだから、耳に残っていたのだろう。
ザ・ベンチャーズの「ダイヤモンド・ヘッド」がはやっていた。「エレキの若大将」もそれに便乗したものだ。寮生でベンチャーズのコピーバンドをつくった。内郷公会堂(現内郷コミュニティセンター)で、高校生を前に演奏したこともある。
先輩には「文学少年」が多かった。後輩はベンチャーズとビートルズの影響からか、年ごとに「音楽少年」が多くなった。「本を読む」から「レコードを聴く」へ――。日光・戦場ヶ原で、星由里子相手に加山雄三が「君といつまでも」を歌ったころが、10代の人間の文化的転換期だったように思う。
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