2019年10月24日木曜日

台風19号⑫給水車

 きのう(10月23日)は朝から水が普通に出た。朝食になってみそ汁をすすると、味がない。「あらっ、みそを入れてなかった?」。急いで汁を鍋に戻し、みそをとかす。ん? 今度はみそのかたまりが。また、汁を戻す。やっと当たり前のナメコ汁が出てきた。「水が出て安心したから、緊張感がゆるんだのよ」。水の復活とともに、トンチンカンも復活した。日常が戻った証拠だ。
 トンチンカンはカミサンだけではない。新天皇の「即位礼正殿(せいでん)の儀」が行われたおととい、カネを下ろしに銀行へ行くと閉まっている。そのあと図書館へ行ったら、やたら家族連れが多い。どうしたんだろう。メディアやSNSで22日が臨時祝日になることを承知してはいたが、その日になるとすっかり忘れていた。律義にも銀行は休み、図書館は休んだ人たちの受け皿になった。

 地域でも想定外のことがおこった。10月後半には行政区内の事業所を回って区費協力金のお願いをする。その1週間後、再び事業所を回って集金する。断水もあって、今年(2019年)は当初の予定より1週間、事業所回りを遅らせた。さあ、これから回るか――。きのう朝、副区長兼会計さんとの待ち合わせ場所へ向かおうとしたとき、近くのわき道から自衛隊の車が現れた=写真。ダンプカー並みの大きさだ。

 カミサンが隊員から聞いたところによると、沖縄から派遣された航空自衛隊の給水車だった。丘の先の丘にケアハウスがある。そこからの要請で向かっていたのだが、神谷の住宅地を横切ったために常磐線の踏切を渡れなくなった。戻って別の道へ出るために、わが家の近くに現れた、というわけだ。旧神谷村のエリアは21日からちょろちょろ水が復活したとはいえ、高台の施設ではまだ水が不足しているのだろう。

 わが家(米屋)には、東日本大震災のあと、いわきで支援活動を展開したシャプラニール=市民による海外協力の会から、2リットルのペットボトル9本入り14ケースが届いた。給水所へ行けない人、車があっても足が悪くて運べない人など、主にお年寄りにペットボトルを配った。区の役員も声かけなどをしてくれた。

21日になって水道復活の情報が入り、水が出始めたころから、個人への配布はすんだと判断して、水がなくて仕事ができないでいる近所のクリーニング屋さんに声をかけた。何ケースか引き取りに来た。それで、ほぼ目的は達成された。

あとは平・平窪で被災したカミサンの友達をどう支えるか。100歳のお母さんがショートステイに行っても、「(家へ)帰りたい、帰りたい」というようになった。本人も、浸水した自宅に見切りをつけて中古住宅を求めたい、などと、心が揺れている。とにかく家の中をきれいにして、床下の泥をかき出すことが先決――と、カミサンがしかるように、なだめるように説得する。だんだんこちらの方に支援の力点が移ってきた。

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