2023年7月6日木曜日

生しらす

                     
 日曜日の夕方、後輩が「生しらす」を持ってきてくれた。ちょうど晩酌を始めるところだった。カツオの刺し身のほかに、大根おろしを加えた生しらすが出てきた=写真。こちらはポン酢で食べた。

 いわき市の夏井川河口から5キロほどの内陸に住んでいる。住宅地とはいえ、もとは農村地帯だ。ハマに親戚や知り合いがいるならともかく、距離的に近いから新鮮な魚が手に入るというのは、たぶん思い込みにすぎない。

生しらすがいい例だ。今まで食べたことがなかった。わが家では冥途のみやげ話になるくらいの「珍味」だ。

 カツオも昔、ハマの知り合いが一本、どんと持って来たことがある。さすがに手を余して行きつけの魚屋さんへ持ち込んだ。

 つまり、ハマの食文化と、そこから5キロほど入り込んだ内陸の食文化は、地続きではない。それを若いころ、ハマ育ちの歴史研究家、故佐藤孝徳さんに教えられた。

孝徳さんによると、いわきの食文化の一大特徴は、ハマの料理が多彩で豪華なことだ。そのハマの料理も、わずか数キロ内陸に入っただけで無縁のものになる。

 いわきはハマ・マチ・ヤマの3層に区分される。ハマの食文化は千葉・茨城県のそれと共通する。黒潮という「海の道」でつながっている。ヤマの食文化も地続きの他町村のそれと共通する。こちらは「山の道」だ。マチは、ハマとヤマの間を流れる川に沿ってできた。

 いわき市民はカツオを好む。私も結婚後、カツオのうまさを知って、いわきに根を張る覚悟ができた。行きつけの魚屋さんでは、カツオがあるかぎり、冬でも春でも刺し身を頼む。それが日曜日夕方の定番になった。

 といっても、買ってくるのは刺し身だけだ。マイ皿に盛りつけてもらう。年をとったせいか、一晩では食べきれなくなった。残れば翌朝、海鮮丼か、夕方、にんにく醤油に漬けて揚げるかする。

いわき地域学會が市から受託してまとめた『いわき市伝統郷土食調査報告書』(1995年)には、カツオ料理がいくつか載る。カツオの「沖だけ」「粗汁」「焼きびたし」「刺し身のお湯かけ飯(めし)」「煮和膾(にえなます)」、そして「鰹味噌(みそ)」。

「磐城では鰹がよく捕れるとはいえ、毎日鰹の刺身では飽きがくるし、刺身自体が残ってしまう。そこで残った鰹の食べ方が色々考え出されてきた。この鰹味噌も(略)鰹のお湯かけ飯同様、残り物の再利用の料理である」

孝徳さんが報告書の責任者になり、私が校正を担当した。それで実感したのはハマのカツオ料理の奥深さだった。

 さて、今度の「生しらす」だが、『徒然草』に出てくるように、「物をくれるよき友」のおかげで、ハマの多彩な食文化の一端を垣間見ることができた。

そんなハマの生業はこれからどうなるのか。同じ土地に生きる人間として、無関心ではいられない。

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