2024年9月29日日曜日

ノルウェーの小説

                                   
 表紙の装画を見た瞬間、ノルウェーのフィヨルドだと直感した。まだらに雪をかぶった山を背景に、深い海が広がり、小舟に人間が2人乗っている。手前の岩場には葉を落とした木が一本。

 図書館の新着図書コーナーに、地味な色彩の本があった。ヨン・フォッセ/伊達朱実訳の小説『朝と夕』(国書刊行会、2024年)=写真=で、装画を見ただけで借りることにした。

 ノルウェーの作家・劇作家であるヨン・フォッセ(1959年~)が去年(2023年)、ノーベル文学賞を受賞したことは帯を読んで思い出した。

装画の作者はニコライ・アストルプ(1880~1928年)。ムンクと同時代の、やはりノルウェーを代表する画家だという。こちらは初めて知った。

震災前の2009年9月、還暦を記念して同級生と北欧を旅行した。スウェーデンに住む旧友の病気見舞いが目的だった。その足でノルウェーのフィヨルドを周遊した。

 フィヨルドは、氷河の浸食作用によってできた複雑な地形の湾や入り江のことだという。

いきなり山地が深く海にもぐりこむ景色に目を見張った。白波が寄せては返すいわきの海を見慣れた人間は、入り江の巨大さに度肝を抜かれ、言葉を失った。そのときの記録を抜粋・再掲する。

――世界で最長・最深のソグネフィヨルドを観光した。ノルウェー第二の都市、ベルゲン(旧首都)が発着地だ。

ベルゲンから列車を乗り継いで山側からソグネフィヨルド内奥部に下り、つまり渓谷の底に至り、フェリーでフィヨルドを周遊した。

そのあと、バスで渓谷をさかのぼり、急斜面のヘアピンカーブから雄大な景色を眺め、さらに山を越え、途中の駅から最初に乗った鉄道を利用してベルゲンに戻った。

ベルゲンでは、メキシコ湾流の影響で湿った空気が山に当たり、絶えず雨を降らせる。

「1年に400日は雨が降る」と言われるほどの多雨地帯。氷河が削り取った山は、硬い岩盤だ。

雨は地中にしみ込まずに岩盤の表面を流れ落ちる。即席の滝があちこちにできる。それが車窓から見えたのだった。二泊三日の西ノルウェーはおおむね雨だった――。

『朝と夕』の作者がこのベルゲンに住む、と知ったのは、むろん今回ネットで検索してからだ。

15年前には、ノルウェーの芸術家といえば、劇作家のイプセン、画家のムンク止まりだった。

その『朝と夕』だが、不思議な小説だ。短い第一部は誕生。生まれた男の子はヨハネスと名付けられる。そして、第二部は年老いたヨハネスの死が描かれる。生まれた日と亡くなった日、つまりは生と死だ。

その死も日本流に解釈すれば、肉体が死んで魂が抜け出し、やがて先に死んだ親友に導かれて、船でフィヨルドを西へ向かうのだが、最後は自分の葬式を天上から見ているところで終わる。

最愛の妻に先立たれ、独り暮らしだった。近くに住む末娘が毎日様子を見に来た。国境を超えた「老いの文学」。そんな言葉が浮かんで少し複雑な思いにとらわれた。

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