画家の安野光雅さんが去年(2020年)のクリスマスイブに亡くなった。94歳だった。
故義伯父の家に子どもの絵本をまとめて置いてある。安野さんの絵本を探したら9冊あった=写真。
動物が隠れている『もりのえほん』(1977年)が好きで、時々手に取る。安野さんお得意の“だまし絵”に挑むのだが、しょぼしょぼした目では毎回、探しきれずに終わる。
最初は、子どもが興味を持てばいいくらいの気持ちで絵本を集めた。地域の子どもにも貸し出した。そのうち、大人も夢中になる。いや、その逆もある。大人が読んで楽しかったので、子どもたちにも読ませよう。そうやっていつの間にか絵本が、児童図書が増えた。安野絵本は特にその磁力が強い。
発行順にいうと、『かずのだんご』(1972年)『みずをかぞえる』(同)『ABCの本 へそまがりのアルファベット』(1974年)『かぞえてみよう』(1975年)など。
さらに、『旅の絵本Ⅱ』(1978年)『魔法使いのあいうえお』(1980年)『壺の中』(1982年)『まるいちきゅうのまるいちにち』(1985年=共作)と続く。
上の子が生まれたのは1973年だから、子どものための絵本も、大人の楽しみのための絵本もまじっている、ということになる。
馬車が主力だった時代と現代が交差するイタリアを描いた『旅の絵本Ⅱ』には、禁断の果実を摘んでエデンの園を追放されたアダムとイヴらしいカップルや、磔(はりつけ)にされたイエス・キリストが小さく描き込まれている。
漫然と見ていたのではわからない、聖書のストーリーが絵本にはめこまれているのではないか。あるいは、なにかがどこかに隠されているのではないか。手にするたびにそんな気持ちで絵を眺めるのだが、作者の遊び心=いたずら心は簡単には見破れない。
『ABCの本』は、「ペンローズの三角形」を応用した「A」から始まる。ペンローズとは、去年、ノーベル物理学賞を受賞した一人、ロジャー・ペンローズ(1931年~)、その人。余技が「だまし絵」で、「ペンローズの三角形」のほかに、「ペンローズの階段」が有名だ。
彼のだまし絵がマウリッツ・エッシャー(1898~1972年)を刺激した。エッシャーの「上昇と下降」はペンローズの階段を、「滝」はペンローズの三角形を応用したものだと、知人から教わった。安野さんはエッシャーの影響を受けた。それで自作にも「ペンローズの三角形」を取り入れたのだろう。
話は変わるが、夏井川渓谷は晩春から初夏にかけて、森全体がパステルカラーに染まる。早緑(さみどり)色、臙脂(えんじ)色、黄色、薄茶色……。木の芽が吹く時期、私はいつも安野絵本に描かれた山野を思い浮かべる。
安野さんの遊び心は文章、語法にも及ぶ。森毅編著『キノコの不思議――「大地の贈り物」を100%楽しむ法』(カッパサイエンス)のなかで、「わらいたけ」(笑い茸)と「なきたけ」(泣き茸)について書いている。
ワライタケは、オオワライタケも含めて幻覚や笑いを引き起こす毒キノコだが、ナキタケは安野さんが創案したものだ。ワライタケがあるならナキタケがあってもいい――そんな対語的発想、遊び心で架空のキノコを生み出したのだろう。
自分の著書のタイトル『語前語後』(朝日新聞出版)も、「午前午後」をもじったものにちがいない。そのなかで書いている。「ある日、テレビを見ていて、すごくおもしろい番組に出会った。忘れないために書き留めたが、『ピタゴラスイッチ』というもので、以前評判になった『セサミ・ストリート』よりうんといい、とわたしは思う」
ピタゴラスイッチと安野光雅の共通性は、と考えて、ハタと思った。エッシャー的感覚だ。時折、安野絵本に還(かえ)りたくなるのもこれだった。要は、まじめ・不まじめを超えた、「非まじめ」の領域で繰り広げられる遊び心。たった今それに気づいて、一気に木の芽が吹いたような気分になっている。
0 件のコメント:
コメントを投稿