2024年4月24日水曜日

ロング・グッドバイ

                              
 月に1回、移動図書館「いわき号」がやって来る。カミサンが運営している「かべや文庫」の本を返し、また新しい本を借りる。

 このごろはシルバー関係の本が増えた。茶飲み話をしに来る同世代の人の興味・関心を反映しているのだろう。

「これ、おもしろいよ」。いつもの流れで、カミサンが矢部太郎著『マンガぼけ日和』(かんき出版、2023年)=写真=を差し出した。原案は長谷川嘉哉、とある。

 長谷川さんは認知症の専門医だ。長谷川さんの著書『ボケ日和』の装画を矢部さんが手がけた。その縁で『ボケ日和』を原案に、矢部さんがマンガを描き下ろしたのだろう。

 矢部さんはお笑い芸人でもある。大河ドラマ「光る君」では、主役の紫式部に仕える従者「乙丸」を演じている。

 父親は絵本作家のやべよしみつ。介護職の母親が働きに出ている間、在宅で仕事をする父親が矢部さんの面倒をみたという。

漫画家としては『大家さんと僕』がベストセラーになり、手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。

 漫画の特性なのか、認知症をテーマにしながらも、どこかゆるやかで、ほのぼのとした仕上がりになっている。

 たとえば、「モノ盗られ妄想」。隠した場所を忘れて、見つけてくれた人=実は一番面倒をみてくれているお嫁さんと結びつけて、「アンタが盗った」と思い込む。

「アンタがいないと困る」の裏返しで、「介護の勲章」だと医師から説明を受けても、お嫁さんは「その…勲章、ぜんっぜん嬉しくない…です…」。そして、最後。「息抜きも忘れないでくださいね」「はい」

なかでも心に残ったエピソードがある。「夏」の章の「ゆっくり…」。カメラが趣味のおじいさんと、チャーミングなおばあさんが暮らしている。

おばあさんは認知症の中核症状がみられる。おじいさんが付き添って専門医のもとへ通っている。

キャッシュカードは使えるかと聞かれて、おばあさんは答える。わたしは問題ないよ、カードの裏に暗証番号を書いておいたから。なんてことを!

認知症の最大の要因は「加齢」で、発症したとしても薬物療法やリハビリで悪化するまでの時間を引き延ばすことができる。医師は「ゆったり構えればいいんです」という。

その帰り道。おばあさんがおじいさんに語りかける(言葉遣いは男女が逆転している)。「ロングなんとか言うとったなあ先生…認知症のことを英語で…」。「ロンググッドバイですね」とおじいさん。

すると突然、おばあさんはおじいさんの手を握る。「ゆっくり…さよならしていこうなあ」

そうか! そういう年齢になったんだ。ロング・グッドバイ(長いお別れ)。これは認知症に限らない。

老夫婦が一緒にいる時間は、一日が終わるたびに短くなる。しかし、時間は過ぎていくのではない。記憶の中に日々の暮らしが蓄積されるのだ。

一日を終えるときに「きょうも一緒でよかった、ありがとう、お休み」と胸の中で語りかける。それもまた、ロング・グッドバイにはちがいない。

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