2024年5月23日木曜日

農学校教師宮沢賢治

           
 菌類と植物の「菌根共生」に関する本のなかで、畑山博『教師宮沢賢治のしごと』(小学館、1988年)=写真=が紹介されていた。

 20歳のころ、宮沢賢治にどっぷりつかっていた。新聞記者になって結婚し、子どもができたあとも、賢治の作品を、伝記や研究書を読んできた。

 しかし30歳を過ぎると、買っても「積ん読」に変わった。『教師宮沢賢治のしごと』は、40歳のときに買った。以来、35年も本棚に差し込んだままになっていた。

 土壌と菌類に関する記述はなかったが……。「第二章 初めての授業」に引き込まれた。

 「しめ縄」の話が出てくる。授業の冒頭、教科書を離れて賢治が「しめ縄」の解説をした。

しめ縄に細い藁(わら)を2~3本下げる風習があるが、なぜだか知っているかと、生徒に尋ねる。教え子はそのときの様子をこう振り返る。

 「『太いしめなわの本体は雲、細く下っているのは雨を表しています』というのです。そうして白いごへいは稲妻だったのですね。ぜんぜん知りませんでした」。「ごへい」は「紙垂(しで)」のことだろう。

 ではなぜそこに稲妻が出てくるのか。「それは、稲妻によって害虫が殺されるからです。稲妻はまた、空気中のチッソを分解して、雨と一緒にじょじょに地中に染み込ませます」

農家にとっては、雷雨は恵みをもたらす自然現象だ。五穀豊穣の祈りがしめ縄という形に昇華した、ということらしい。

著者の畑山博ではないが、教え子の証言を通じて、単なる読者にすぎない私もまた、賢治の授業を受けているような気持ちになった。

大相撲の夏場所が開かれている。横綱の照ノ富士は早々と休場したが、横綱の土俵入りこそが賢治のいうしめ縄の意味を担う。横綱とはこのしめ縄そのもののことでもあるそうだ。

相撲はもともと、豊作を祈願する神事だった。それが発展して今のようなかたちになった。

その象徴が横綱の土俵入りだろう。化粧まわしの上に純白の「綱」をしめ、柏手(かしわで)を打って、四股(しこ)を踏む。天地長久を祈り、地の邪鬼をはらい清めて安全を願う儀式でもあるという。

さて、「落雷でキノコが豊作になる」という言い伝えがある。岩手県の農業試験場が人工的に稲妻を照射し、実際にキノコの数が増えるかどうかを調べた。

すると、10種類のうち8種類で収穫量の増大が確認された。最も効果があったのはシイタケとナメコだという。なぜ増えたのか。研究チームの推論は、危機感からではないか、だった。

「キノコにとって、落雷は自分たちを簡単に全滅させる非常に深刻な脅威となる。キノコは死ぬ前に自分を再生しておかねばならないと感じ、稲妻を感知すると自動的に、成長を加速させて子実体の数を増やすのだろう」

『教師宮沢賢治のしごと』に戻る。教え子は、賢治から「とにかくこの地域の風土のことだけをよく勉強しろ」といわれた。東京へ行って百姓をするのではないのだから、が理由だった。

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