2024年10月9日水曜日

『パリのおばあさんの物語』

                      
   カミサンが小さな絵本を持ってきた。『パリのおばあさんの物語/岸恵子訳』と表紙にある=写真。

著者はスージー・モルゲンステルヌ、イラストはセルジュ・ブロック。平成20(2008)年10月、つまり16年前に千倉書房から発行された。

岸恵子ファンのカミサンが買って読み、東日本大震災が起きて家の中を片付けているうちに、どこかへまぎれこんでそのままになっていたのだろう。

 おばあさんはとっくに子育てを終え、夫に先立たれて、パリの小さなアパルトマンに独りで暮らしている。

好きだった読書は目が疲れるのでやめた。縫い物は気力がなくなり、編み物は指が動かなくなったのでよした。料理だって手の込んだものは作らない。

 「やりたいこと全部ができないのなら、できることだけでもやっていくことだわ」。おばあさんは、体がいうことをきかなくなってもくよくよしない。

子ものころ、よく歌った唄を、今は笑いながら歌う。「90歳のお嬢ちゃん/クリーム食べて/歯がかけた」。90歳は、どうやらおばあさんの年齢のようだ。

そんなおばあさんだが、歩んできた人生は苛酷なものだった。夫は中央ヨーロッパからの移民だ。おばあさんもフランスに来たばかりのころは、聞いたこともない言葉や異なる風習にとまどった。

「戦争、クーデタ、テロリズム、飢餓、亡命」。テレビが伝えるニュースに、1942年のころを思い出してつらくなる。

夫がユダヤ人捕虜収容所から脱走し、逃げ帰ったところを、アパルトマンで待ち構えていたゲシュタポに捕らえられる。子どもたちを山奥の修道院に預け、自分も隠れ家から隠れ家へと逃げ回った。

その後、再び夫や子どもたちと暮らす日々が戻ってくる。しかし、独り暮らしの今を過ごしながらも、おびえは消えない。子どもたちの幸せが、また突然の不運に襲われるのではないか、と。

この絵本は、ユダヤ人一家の運命と、だれもがたどる人間の「老い」を描く。「翻訳はしない」と決めていた岸恵子さんが「原則」を破ったのは、次のような思いからだろう。

「苦楽が刻んだ皺だらけの自分の顔を『なんて美しいの』とつぶやくこのおばあさんの、老いと孤独に対するやわらかく爽やかな生き方はすてきです」(あとがき)

絵本を読んで共感しながらも、おばあさんが抱いた「おびえ」を、今度は別の人々が感じているのではないか、という思いが消えない。

パレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスとイスラエル軍の戦闘開始から10月7日で1年になった、とメディアが報じていた。

もはやガザ地区だけではない。イスラエルはレバノンで地上侵攻を始め、イランはイスラエルをミサイルで攻撃するといったように、戦闘は拡大しつつある。

ガザ地区の犠牲者はすでに4万人を超えたという。パリのおばあさんだって、一刻も早い停戦を願っているのではないか、そんな思いに駆られる。

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