2020年6月10日水曜日

「むすめきたか」が水羊羹に

 いわき昔野菜保存会の会報「ROOT(ルート)」第5号が届いた=写真下1。「じゅうねん」(エゴマ)を利用したドレッシングづくり、大豆の「さとまめ」を使った手前みそづくりのイベントリポート、昔野菜の発掘事業に携わった元調査員のインタビュー記事などが載る。ソラマメ・スイカ・ソバ・アブラナの栽培法も紹介している。
 折も折、昔野菜の小豆「むすめきたか」を知人に進呈したら、水羊羹(みずようかん)になって返ってきた=写真下2。粒入りで、あんを包む寒天が清涼感を誘う。はちみつをかけて食べたら、うまさが際立った。
「むすめきたか」は小粒で早く煮える。嫁に行った娘が里帰りしたとき、すぐに煮えて食べさせることができるので、いつかそう呼ばれるようになった。主にいわきの山間部・三和町で栽培されている。いわき市が発行した『いわき昔野菜図譜』(2011年)によると、代々家で種を継承し、天候不順による不作時には隣近所で種を譲り合ってきた。

これを使った水羊羹を、いわき遠野らぱん(遠野町)が製造・販売している。東京方面から同級生や客人が来たとき、マルトの草野店から買ってきて、土産に持ち帰ってもらうようにしている。いわゆる6次化商品だが、知人の水羊羹もまた家庭の味の逸品にはちがいない。

去年(2019年)2月の「いわき昔野菜フェスティバル」で、在来小豆をテーマにした座談会が開かれた。江頭宏昌山形大教授をコーディネーターに、いわきの「むすめきたか」と茨城県常陸太田市の「娘来た」を取り上げた。常陸太田には市民組織「種継人(たねつぎびと)の会」がある。同会から代表布施大樹さんと会員の北山弘長さんが出席した。

「娘来た」も、「むすめきたか」と同じエピソードを持つ。江頭教授によると、「娘来た」は「むすめきたか」より少し大きいが、ともに白い縞がある。「むすめきたか」は6月上旬に種をまき、10月末には収穫が始まる。「娘来た」はやや遅い6月下旬~7月あたまにまいて、11月あたまに収穫する。豆の形質や栽培特性は同じ範疇(はんちゅう)に入る。常陸太田にはさらに、黒い小豆の「むすめきたか」があるという。

布施さんら2人は久慈川支流の里川流域に住む。福島県矢祭町と接していて、同地域には福島県から嫁に来た女性が多い。三和と常陸太田は同じ阿武隈高地南端部に位置する。その意味では、両者は「非連続の連続」でつながっている。野菜の種もまた、人とともに山里の間を行き交ってきたのではないか。

「種継人の会」の努力もあって、常陸太田では栽培農家と地元の和菓子屋・パン屋・ケーキ屋・カフェなどが契約を結び、「娘来た」の新しい商品開発などが進められている。いわきで足りないのはこれだろう。

 もともと昔野菜は大量生産・大量消費の流通ルートからはじきとばされたために、「自産自消」による採種~保存~播種(はしゅ)~栽培~収穫というサイクルのなかで細々と生き残ってきた。ローカルな食の文化財だ。

コロナ禍で県をまたぐ「越境自粛」がいつまたいわれるかわからない。「マスクをかける」のは、戦術ではあっても戦略ではない。「新しい生活様式」のためには、たとえば食べ物はできるだけ自分たちで育てる、加工する、という「プロシューマー」(生産消費者)への意識改革と実践が求められる、と考えるのだが、どうだろう。

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