夏井川渓谷の隠居に着くとすぐ、雨戸とガラス戸を開けて部屋の空気を入れ替える。南側の雨戸を開けて、次は西側を、と茶の間に踏み込んだら……、畳の上に鎌がある=写真下1。
1週間前、カミサンが忘れたか。「なんでここに鎌があるの?」「知らないわよ、使ってないもの」。にわかに空気が険しくなる。鎌を玄関の下駄箱の上に持って行くと、今度は背後からこわばった声がした。「ガラスが散らばってる!」
西側の雨戸は閉まったままだ。その内側にある4枚のガラス戸は、カギがかかっているはずだが……。右から2番目の戸の、下から2枚目のガラスが割れ、そばのカギがはずれていた=写真下2。
まだ義父母が健在のころ、いきなり隠居の電気料金がはねあがったことがある。「どうしたんだろう」といぶかっていたら、夜な夜なホームレスが入り込み、寝泊まりしていたのだった。35年以上も前の話だ。侵入しようと思えば、どこからでも侵入できる。
南側の雨戸は、最後の1枚が木製の板を敷居の穴に差し込む「上げ猿(ざる)」になっている。西側のそれは小さな金属製だ。東日本大震災のときに建物が揺れてひん曲がり、防犯の用をなさなくなった。これをそのままにしておいたのがいけなかった。
雨戸は簡単に開いた。素通しのガラス戸にはカギがかかっている。物置から鎌を持ち出し、柄でガラスを割ってカギをはずし、茶だんすや鏡台その他の引き出しを荒らしたあと、同じ所から庭に出て、ガラス戸と雨戸を閉めた――そう推理してみた。
いちおう“現場”をそのままにして警察に連絡する。2台で4人がやって来た。状況を話し、鑑識に立ち会った。
細かい話は省略する。が、「鑑識の目」には感服した。南の雨戸の前には幅が1.5メートルほどの濡れ縁がある。私らは家の中から出入りするから、靴のままでは歩かない。その表面を凝視する。中の廊下を、台所の床を凝視する。素人には気づかない床のかすかな模様や変化から、犯人かもしれない足跡を採取した。
壁に飾ってある柄澤齊の木版画や阿部幸洋の油絵は手つかずだった。もとより金塊を、紙幣の束を茶だんすに隠しているはずもない。なくなったものが何なのか、あるいは何もなくなっていないのか、はっきりしないのが口惜しいところではある。
にしても、なぜ鎌がそこに? ガラスを割るだけなら石がある。家の中に人がいたら、居直って襲うつもりだったのではないか。いないのを確認して、鎌をそこに放置したのだ、きっと――というと、そばで指紋採取をしていた鑑識の人がうなずいた。それを見て、一瞬、空気が凍りついた。
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