2020年6月11日木曜日

サイハイランと菌根菌

おやっ、サイハイラン(采配蘭)ではないか=写真。こんな薄暗い庭に生えるなんて、キノコの力でも借りてんじゃないの?――。脳内にナラタケと共生する腐生植物のツチアケビの姿が浮かぶ。ツチアケビは光合成をおこなう葉を持たない。代わりに、養分をすべてナラタケに依存しているという。サイハイランもツチアケビと同じラン科の植物だ。ネットで調べたら、やはりキノコと関係があった。
夏井川渓谷の隠居の庭は、建物をはさんで西側が菜園、玄関のある東側が木々に囲まれた駐車スペースになっている。この樹下に、梅雨になると食菌のマメダンゴ(ツチグリ幼菌)が発生する。

日曜日(6月7日)、頭上を緑の葉で覆われた庭を、靴底の感触を確かめながら歩いた。マメダンゴが発生していれば、硬さが靴に伝わる。あるいは、プチッと破裂する音が聞こえる。その気配はなかった。代わりに、モミの木の根元からサイハイランが茎をのばして花を咲かせていた。

毎年、渓谷を縫う県道小野四倉線のどこかでサイハイランを見る。5月も後半になると県道は緑のトンネルに変わる。薄暗い道端の草むらで淡い紫褐色の花が下向きに咲いている。今年(2020年)も7日、車を運転中、目に入った。帰りに写真を撮る――そう決めて隠居に着いたら、庭にあった。庭に生えたのは初めてだ。

隠居の庭では2013年師走、全面除染が行われた。表土がはぎとられ、代わりに山砂が投入された。庭が白い砂浜のようになった。マメダンゴはそのあとも発生している。ほかのキノコも、主に県道との境、剪定(せんてい)枝を重ねた庭木の下あたりで見られる。去年はモミの木と共生するアカモミタケも姿を見せた。

植物は生産者、動物は消費者、菌類は分解者――。自然界はこの生産―消費―分解の循環で成り立っている。

その菌類だが、岩科司・海老原淳編『ウォッチング日本の固有植物』(東海大学出版会、2014年)によると、自分では栄養をつくることができない。「そのため、動物のように、他者(ホストと呼ばれる)に依存して寄生あるいは共生的に栄養を得ることが必要となる。(略)菌類の多くは、地中で植物の根と菌根という構造をつくる」

その程度のことは、私がかじっている“文化菌類学”でもわかる。しかし、サイハイランとキノコの関係はもっと進化したうえに込み入っているようだ。

菌類同様、植物のなかにも光合成をやめてしまい、共生する菌類から栄養や水をもらってのんきに暮らす植物がいるという。これを菌従属栄養植物とよぶ。(辻田有紀・遊川知久「光合成をやめた植物―菌従属栄養植物のたどった進化の道のり」)。腐生植物のことだ。

サイハイランは緑色葉を持っているが、薄暗い林床にいるため独立栄養だけで生育は難しいと考えられていた。そこで研究を進めたところ、ナヨタケ科の菌類と菌根共生をしていることがわかった。緑色葉を持ちながらも菌根菌に炭素を依存する「部分的菌従属栄養植物」である可能性が考えられるという。(谷亀高広「菌従属栄養植物の菌根共生系の多様性」)

これを人間の暮らしに引き寄せて解釈すると、働くのをやめた(光合成をやめた)、食わせてもらっている(キノコから栄養をとる)、ということになる。にしても、部分的菌従属栄養植物とは!

ついでにナヨタケ科のキノコはと、手持ちの図鑑に当たったら、ヒトヨタケ科にナヨタケ属があるばかり。こちらも近年、再編成されてナヨタケ科が設けられたようだ。ヒトヨタケ、キララタケ、イヌセンボンタケなどが入る。学問は日進月歩……。頭が追いつかない。

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