新聞かなにかで作家梨木香歩の名前が目に止まり、久しぶりに彼女の本を読みたくなった。
図書館の収蔵本をチェックすると何冊かあった。そのなかから小説『冬虫夏草』=写真=と、エッセー集『歌わないキビタキ――山庭の自然誌」』を借りて読んだ。
彼女の小説はどこか怪奇のにおいがする。『冬虫夏草』のタイトルからして怪しい。が、収録短編には同題の作品はない。それらしいものは「サナギタケ」だ。
主人公は新進作家の綿貫征四郎。湖にボートで繰り出し、そのまま帰らぬ人となった学友の生家の守を頼まれ、その家と周囲の自然が織りなす「椿事(ちんじ)」の数々をつづっている。
いずれも物語としては短い。「サナギタケ」では、菌類研究者として大学に残った学友が綿貫を訪ねて、山で「サナギタケ採り」に出会った話をする。
サナギタケは冬虫夏草。とはいえ、漢方で使われる本物の冬虫夏草はコウモリガのサナギに寄生したものだ。
「幼虫のうちに糸状菌の一種に感染し、菌糸が内部で増殖、ちょうどサナギになったときに体表を突き破って子実体が外へ現れる」。ゆえに冬虫夏草の名が付いた。
日本で発生するのはしかし、本場中国のものとは別種で、それを知っていて集めて売るとしたら大した山師だ――。
という話を受けて、綿貫が家の周囲の松籟(しょうらい)に触発されて書き上げたばかりの文章を菌類研究者に見せる。
「わたし」と「おっかさん」と、体二つに別れてからずっと孤独だった。が、天啓なのか、「お相手」を授かった。孤独地獄とは決別した――。
冬虫夏草の話を聞いて、自分が書いている物語は昆虫界から植物界へ身を転じようとする「幼虫のことば」だったと得心する。
さらに研究者のことばを勝手に受け取って、「異類婚」へと想像を膨らませ、学友が去ったあと、「私は、糸状菌の悲劇的な恋愛について書き進めている」というところで終わる。
『歌わないキビタキ』の方はノンフィクションである。持病のこと、認知症を患った親戚の女性のことなどにも触れているが、主に信州・八ヶ岳にある山小屋での自然との交感がつづられる。いわゆるネイチャーライティングである。
ある山小屋の庭は希少な高山植物で「秘密の花園」のようだ。ところが、シカが現れてこれらを食害する。それで、庭には電気柵が設けられた。
この場違いな電気柵から、シカさえ食べなければ多様な植物たちが仲良く残っているはずだが、シカが増えすぎた、いやこの地球に人間さえいなかったら、というところまで思いが転がっていく。
著者の山小屋の庭もまた高山植物が咲き乱れる。キノコも出る。エストニアではキノコ用のナイフがあって、根元で切る。地中にある菌糸を壊さずに残しておけば、次にまた子実体が現れるから、という話には思わずうなった。
鳥類や植物だけでなく、菌類にも関心が深いところが好きで、梨木香歩の本を読んでいるのだと、あらためて知る。
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