2008年3月22日土曜日

専称寺の朝日


春分の日は雨。21日も雨のち曇り。というわけで、今朝(3月22日)、起き抜けに梅の名所の専称寺(いわき市平山崎)へ行ってきた。お目当ては梅、ではなくて朝日。春と秋の彼岸の中日、朝日が本尊の阿弥陀三尊を照らし、夕日が本尊の後光になる――そんな風に本堂が造られているのではないか、という話を聞いていたので。

夕日は15年近く前、見に行った。確かに、本堂の裏山(鞍部になっている)に沈むのが分かった。で、今度は朝日である。

朝の5時半過ぎ、山上の境内に立つ。左手に蛇行しながら東流する夏井川。そこに逗留しているハクチョウが朝日にほんのり赤く染まって飛び交っていた。正面から右手にかけては沖積平野。その先に太平洋が広がる。

磐城平藩の中老、鍋田三善(1778~1858年)は専称寺について、自著『磐城志』にこう記す。「山門の外、坂の中段左右に寮舎が5軒並んでいる。また南側、横に入り組んで5軒がある」。寮舎は坊さんの卵が寝泊まりして修行するところ。それが江戸時代には10軒あった。住持が引退したあとに住んだ「寂光院」は庫裏の東にあり、「東海の眺望類ひなし」と三善は絶賛する。

今も専称寺からの眺望は比類がない。今朝はそのうえ雲ひとつない日本晴れ。
海から昇った太陽は本堂の中央から見ると、1時の方向にある=写真。真っ正面ではないのがちょっと残念だが、ふもとも、中段の梅林も、本堂も朝日に照らされて美しい。
おのずと朝日に手を合わせたい気分になった。

2 件のコメント:

いのしし さんのコメント...

「鍋田三善」の投稿を興味を持って
読みました。
昨年、10/14(日)「いわき歴史文化研究会発表会」で、
小野一雄さんが「磐城平藩安藤家中老鍋田三善 ーその生涯と業績」題し、講演し、
その講演を聞き、始めてその業績を知りました。
今後も、「三善」さんのの記事を書いてください。
なお、生まれたのは、1778年(安永7年)ではないでしょうか。

タカじい さんのコメント...

ありがとうございました。そうでした。