2008年3月9日日曜日
天狗の重ね石
春光に誘われて、久しぶりに「天狗の重ね石」と対面した。
夏井川の支流、中川渓谷にある。
中川は、いわき市川前町の神楽山(かぐらやま=808メートル)から発し、夏井川渓谷で本川に合流する。その短い流路で随一の奇観が「天狗の重ね石」だ。
明治の博学、大須賀筠軒(おおすがいんけん)が書いた「磐城郡村誌十」(下小川・上小川村・附本新田誌)には<天狗ノ重石ト唱フルアリ、石ノ高四丈、礧砢(らいか)仄疂(そくじょう)頗フル奇ナリ>とある。現代風に言えば<天狗の重ね石というものがある。石の高さはおよそ12メートル。大小の石が傾きながら重なっていて、とても珍しい光景だ>くらいの意味だろうか。
昔から奇観として知られていたようである。
神楽山から谷をうがって流れてきた中川は、「天狗の重ね石」で鋭く屈曲する。「重ね石」が壁になって、西を向いた流れが一転、東へ向かうのだ。水のヘアピンカーブである。
「重ね石」を真横から見るたびに、私はあいきょうたっぷりのゴリラの横顔を連想する。それが、真正面から見ると、ガラリと様相を変えて船のへさきになる。谷底に近づくほど石はやせて細くなる。岩盤剥離(はくり)も進行中だ。岩肌がところどころ赤みを帯びているので、それと分かる。
おおむね花崗岩でできている夏井川渓谷(中川渓谷も)は、落石の常襲地帯だ。
石がはがれ落ちたあとの岩盤は一様に赤みを帯びている。これが、長い間風雨にさらされると、色あせ、しらちゃけて、その辺にころがっている石と同じ色になる。
地質学的な時間で見れば、いつかは「天狗の重ね石」も消滅する――「天狗の重ね石」を南から眺め、北から眺めしながら、今度もまた、そんなことを思った。
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