浜通り歴史の道研究会が平成20(2008)年6月、『道の文化財 福島県浜通り地方の道標』を刊行したときのこと。研究会会長だった故里見庫男さんに頼まれて、校正・リライト・一部撮影を担当した。
それで知ったのだが、県道小野四倉線は①古い時代にはなかった②明治10年代の中ごろ、県令三島通庸(みちつね)が福島県内の主要道路を改修した際、併せてつくられた③戦後、“磐城街道”という呼び名で親しまれるようになった――。いわき市小川町上小川字高崎地内にある道標のひとつに寄せた歴史家、故佐藤孝徳さんの文章の抜粋だ。
「三島通庸は、県内では『鬼県令』といわれて評判はよくないが、いわきにとっては恩人だよ」と、孝徳さんは言っていた。
今年(2019年)の大河ドラマは「いだてん」。今のところ、日本人2人が初めてオリンピックに出場するまでの物語として展開している。主役はマラソンの金栗四三(かなくりしそう=1891~1983年)。東日本大震災の年まで、総合優勝者に「金栗杯」を贈る「勿来の関マラソン大会」がいわき市勿来で開かれていた。3年間、勿来支局にいて取材した。
勿来の関マラソンは震災後、中断した。それと前後して、2010年に「いわきサンシャインマラソン大会」がスタートした。9回目の昨年(2018年)からは、勿来の関マラソンを承継する意味で、総合優勝者に「金栗杯」が贈られるようになった。今年は3日後、2月10日に開かれる。大河ドラマもあって、総合優勝者には「いだてん」の称号が贈られたりして……。
それはさておき、金栗とともに1912年のストックホルム大会に出場した選手に、短距離の三島弥彦(1886~1954年)がいる。大河ドラマでは生田斗真が演じている=写真下。あの「鬼県令」の三男だ。
通庸は県令のあと、警視総監になった。在任中に急死したとき、弥彦はまだ2歳だった。長じて東京帝大に入るが、当時としては長身、スポーツも万能だった、とウィキペディアにある。オリンピック出場が決まったのは、羽田で行われた予選会に飛び入り参加し、100メートルほか2種目で優勝、200メートルで2位に入ったからだ。3日の大河ドラマがそうだった。
学生時代に陸上競技をやっていたので、ドラマには興味がある。金栗が走行中、「スース―ハーハー」とやる。長距離走の場合は2回吸って2回吐く――そう教えられたことを思い出しながら見ていると、つい「スース―ハーハー」を始めている自分に気づく。
ま、今は主役より三島弥彦だ。弥彦の母親(通庸の妻)役、白石加代子のバケモノぶりもおもしろい。彼女は徳富蘆花の「不如帰」のモデルにもなったとかで、図書館から借りてきて読んだが、明治の文体に辟易して、こちらはすぐ投げ出した。
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