2020年3月15日日曜日

ネットの生中継を初視聴

 1週間前の土曜日(3月7日)のことだが――。パソコンでツイッターのタイムラインを眺めていたら、第1回大岡信賞授賞式が生中継されるところだった。新型コロナウイルスの影響で無観客になった。それで急きょ、ネット放映が決まった? 初めてネットによる生中継を見た。
 同賞は、大岡さんが教鞭をとっていた明治大学と、「折々の歌」を連載した朝日新聞社が創設した。第1回の受賞者は詩人佐々木幹朗さん(72)と、ミュージシャン巻上公一さん(64)。朝日の2月8日付紙面に記事が載った。

のどや舌、唇を楽器のように操り、歌う人間に引かれる。ロックグループ「ヒカシュー」のリーダー、巻上さんは自身の表現活動の幅を広げるために、声の可能性を探ってきた。「トゥバ共和国の歌唱法ホーメイを習得」したと記事にある。

ウィキペディアによると、ホーメイは日本語では「喉歌」と訳される。「もともと声に含まれている倍音の高音部を、声帯の力で意識的に強調させて口笛に似た音を出し、舌や口腔を微妙に動かして美しい倍音を紡ぎ出す。非常に低い倍音を出したり、音を細かく震わしたりと、発声法が7種類以上(28種類という説も)ある」のだとか。

トゥバはモンゴルの北西に隣接する、南シベリアの小さな国だ。トゥバのホーメイは、モンゴルに入るとホーミーになる。世界の民族音楽を収録したCDに、ホーミーが入っている。時々、車の中で聴く。塩漬けされたような渋い低音、そして高音。トゥバはシベリアの森とモンゴルの草原が出会う場所、ともいわれる。モンゴル同様、遊牧・狩猟の文化が広がっている。

この1カ月余、図書館から巻上さんの『声帯から極楽』(筑摩書房、1998年)を借りて読み、その中に出てくるラルフ・レイトン/大貫昌子訳『ファインマンさん最後の冒険』(岩波現代文庫、2004年)も借りて読んだ。ホーメイの磁力というか、日本とアメリカの人間の、トゥバへの傾倒ぶりが実に面白かった。

「ファインマンさん」は『ファインマン物理学』で知られるノーベル物理学賞受賞者のリチャード・ファインマン(1918~88年)で、余暇の楽しみは金庫破りだったとか。そのうえ、ドラムをたたくミュージシャンでもあった。

ファインマンのトゥバへの関心は、子ども時代に集めた切手のデザインからだった。やがて学者になり、同僚の息子とドラムをたたいて楽しんでいるうちに、トゥバの首都のキジルの綴りには母音がないこと、同国にはホーメイという歌唱法があることを知って、俄然、トゥバに興味をそそられる。

自身はがんで亡くなるが、同僚の息子=本の著者がトゥバ旅行を敢行する。『最後の冒険』はその経緯を克明に綴る。巻上さんの本にも、ホーメイとの出合いやトゥバを目指した経緯などが記されている。

 世界は不思議で満ちている。2年前、日テレ「笑ってコラえて」の<ダーツの旅的世界一周>を見ていたら、ギリシャのエヴィア島アンティア村が登場した。村民は口笛でコミュニケーションをとる。まるで鳥のさえずりだ。

そのとき思い出したのが、作家小川洋子さんと動物行動学者岡ノ谷一夫さんが対談した『言葉の誕生を科学する』(河出書房新社、2011年)という本。鳥はなぜ歌うのか、人はなぜ言葉を話し始めたのか――。岡ノ谷さんは鳥の研究を進めるなかで、「言語の起源は求愛の歌だった」という結論に達する。鳥がうたうように、人間の先祖もうたっていた。そして「ある時『歌』から『言葉』へと、大いなるジャンプをなしとげた」。

口笛言語を話すのは、アンティアの村民だけではない。有名なところでは、スペイン・カナリア諸島のラ・ゴメラ島。谷をはさんで数キロ離れた所にいる仲間と口笛でコミュニケーションをとる。2009年にユネスコの無形文化遺産に登録されたという。トルコにもメキシコにも口笛言語を話す人がいるらしい。

地域新聞社に身を置いていたので、人間のコミュニケーションの手段には関心があった。今もある。言葉、絵、文字、のろし、歌、踊り、手話……。なかでも自分の肉体を使ったコミュニケーション手段のひとつ、喉歌は敬意をもって聴いてきた。

 ネットの生中継の話に戻る。授賞式のあとは、佐々木さんが津軽三味線の高橋竹山と共演し、詩を朗読した。巻上さんもヒカシューとともに歌い、最後にホーメイを披露した=写真。だれかの審査評にあったが、現代の「梁塵秘抄」とでもいいたくなるような詩と歌謡のステージだった。

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