駆け出し記者のころ、市役所担当になった。故人は某課の課長補佐。それが最初の出会いだった。酒の席で腕相撲をしたら、簡単にねじ伏せられた。休日には農業をしているということだった。以来、在職中は「剛腕」のイメージが消えなかった。
雑談になって、「だれそれの本を読んでいる」「なにがしの本にこう書いてあった」などと話すこともあった。読書家とは承知していたが、今回、蔵書を見てその質量がハンパではないことを実感した。
ざっと見渡した印象では、文学、特に小説が主体のようだった。若いときに読んだと思われる推理作家の本のほかに、詩人から作家に転じた同世代の三木卓の本がある。『角川日本地名辞典』や『福島民権家列伝』、『美空ひばり 燃えつきるまで』、文庫の『谷内六郎展覧会』など30冊ほどを風呂敷に包んで持ち帰った=写真。その中から何冊かを――。
『人見東明全集
別巻』(昭和女子大学光葉同窓会、1980年)。昭和女子大を創設した人見の教え子と知友の追悼集だ。人見は明治42(1905)年、加藤介春、三富朽葉らとともに口語自由詩の結社「自由詩社」を興す。詩人でもある。山村暮鳥のペンネームは人見が付けた。
大正時代、いわきの詩風土を耕した暮鳥と、地元の三野混沌、若松(吉野)せいらは密接な関係にあった。磐城平に赴任する前の、若い暮鳥の周辺を知るうえで大いに参考になる。
粟津則雄『正岡子規』(講談社文芸文庫、1995年)。文芸評論家の粟津さんが、草野心平記念文学館の館長に就任したあと、故人に献本した。佐藤隆介『池波正太郎の食卓』(新潮社、2001年)。作家の書生を務めた著者の署名入りだ。
フランソワ・ヴィドック/三宅一郎訳『ヴィドック回想録』(作品社、1989年第三刷)。帯の言葉を紹介する。「詐欺が跳梁、強盗が跋扈、フランス大革命が生んだ悪の百科全書」「泥棒にして警察官、犯人にして探偵。いまでこそめずらしくないタイプだが、元祖ヴィドックはできたてほやほやの二重人。バルザックやユゴーのモデルとなったのもむべなるかな(略)」
この「悪の百科全書」を手にしたとき、池波正太郎『鬼平犯科帳』の鬼平こと長谷川平蔵の名せりふが思い浮かんだ。「人間(ひと)とは、妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく」。『池波正太郎の食卓』を重ねると、故人の読書傾向の一端がうかがえる。
公僕精神を貫くには人間の心の奥底にあるものを知らないといけない、それには小説が一番、とでも思っていたのではないだろうか。まずは『ヴィドック回想録』を読んでみる。
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