「本書は、巷間言われる伝承や物語、古くから言い慣わされた慣習など、読み物としての一般的な情報を提供することのみを目的」にしている。
だから、「全ての情報は確実性のある科学的根拠によるものではなく、学術的な信用性を担保するもの」でもない。
サンドラ・ローレンス/吹春俊光監修/堀田容子訳『魔女の森――不思議なきのこ事典』=写真=を図書館の新着図書コーナーで手にした瞬間、「おっ、これは“文化菌類学”だな」そう直感した。
学術書ではない。研究者のエッセーでもない(著者はイギリスのジャーナリスト)。あとで表紙の次ページ(見返し遊び?)に記されている冒頭の文章を読んで納得がいった。
「文化菌類学」はキノコの雑学のことで、私が勝手にそう呼んでいる。文学、美術、音楽、料理その他なんでもかまわない、キノコに関する記述のコレクションといった意味合いで使っている。
本書は、日本のキノコ狩りの木版画や麹(こうじ)の効能、マツタケについても触れている。そこがこれまでの西洋発の文化誌と違うところだ。
たとえば、ローラ・メイソン/田口未和訳『松の文化誌』(原書房、2021年)。著者はイギリスの食物史家・フードライターだ。松と共生するマツタケについては、当然、取り上げていいはずだが、その記述はなかった。
欧米にもマツタケの仲間は分布する。しかし、香りが強すぎるために人気がない。マツタケも同じ理由で切り捨てられたのだろう。
さて、今度の『きのこ事典』で得た新しい情報は、キノコ狩りの様子を描いた浮世絵だ。キャプションに「水野年方の木版画」とある。
ウィキペディアによると、水野年方(1866~1906年)は明治時代の浮世絵師・日本画家だ。今回初めて知った。
マツタケにも1ページを割いている。「御所に仕える女房は、『まつたけ』と言いたいときは、尊敬を表す接頭語『お』をつけて『おまつ』と言わなければならなかったそうです」。以下、マツタケに関する一般的な話がつづられる。
いかにも西洋の視点だと思わせるのが、キクラゲの記述だった。「このきのこは伝統的に、『不幸な』ニワトコの木だけに生えると誤解されてきました」
というのは、「ユダが、キリストを裏切った後に首を吊った木です。ニワトコは小ぶりで比較的弱いので、死者の体重を支えられないと反論する人は、神が罰として昔は立派だったこの木を小さくし、大きかった実も小さなビーズ程度にしてしまったと言い返されたものでした」
ユダとの関係はともかく、平の石森山で初めてアラゲキクラゲを採ったときの樹種は覚えている。ニワトコだ。以来、ニワトコを見ると、キクラゲの有無を確かめるようになった。今もそれは変わらない。
シイタケにも触れている。日本と中国の話のあと、ヨーロッパには自生しないが、ほだ木で育てるのは簡単だと書いている。西洋でもシイタケの栽培が行われるようになった? キノコの本を読むたびに、偏見や古い知識がほぐされる。
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