2023年2月17日金曜日

イカナゴのくぎ煮

                     
 「珍味」は、めったに味わえない、変わった食べ物、と辞書にある。少し踏み込んで解釈すると、季節や地域が限定されるため、その地域外ではめったに口にできない食べ物――となろうか。

 値段が高すぎて庶民には手に入らない(たとえばトリュフ)、あるいは単に知らない食べ物も、これに加えることができる。

 このところ、その珍味を立て続けに口にした。一つは紙袋に、もう一つは小瓶に入っていた。神戸・大黒屋の「いかなごくぎ煮」=写真=と、新潟・加島屋の「焼きぶりの白醤油漬」で、それぞれのホームページで商品の内容を確かめた。

 「いかなごくぎ煮」は神戸名物ともいえる一品だという。春先に神戸沖で捕れる新鮮なイカナゴを炊いて、甘辛い味に仕上げる。

 しかし、商品の包装袋には北海道産のイカナゴを神戸で炊き上げた、とある。技術的には神戸流だが、原料はよそから調達した。つまり、瀬戸内海のイカナゴだけでは安定供給が難しい、そんな現状が想像できる。

 そもそもイカナゴとはどんなものなのか。阿武隈の山里で育った人間はそこから始めるしかない。こちらもネットでチェックする。

 スズキ目ワニギス亜目イカナゴ科に属する魚類の総称で、イワシなどと並んで、沿岸における食物連鎖の底辺付近を支える重要な魚類だという。稚魚は、東日本ではコウナゴ・コオナゴ、西日本ではシンコと呼ばれるそうだ。

 瀬戸内海沿岸では、イカナゴは「釘煮(くぎに)」と呼ばれる郷土料理で知られる。阪神、播磨地区では春先、各家庭でイカナゴの稚魚を炊く風景が見られるという。

 釘煮は佃煮の一種で、水揚げされたイカナゴを醤油やザラメ糖、せん切りにしたショウガなどで味付けして煮込み、煮汁が減った段階でみりんを加えながら、焦がさぬように数回、煮詰めることで出来上がる。

 炊き上がった稚魚は茶色く曲がっており、その姿か錆びた釘に似ているため、「釘煮」と言われるようになったのが語源として有力らしい。

 新潟でつくられる「焼きぶりの白醤油漬」も、郷土料理の伝統を受け継ぎながら、新たにブリを商品化したもののようだ。ホームページには、安定した商品供給のため、高品質の養殖ブリ(大分県)を使用している、とあった。

 同社はサケなどの北方系の魚を主体としたメーカーだが、約5年の歳月をかけて南方系のブリの商品開発に挑戦した。

 技法的には土地に根差したものであっても、販路の広域化や地球温暖化問題などを視野に入れると、新たな挑戦が必要になっている、ということなのかもしれない。

 「焼きぶり」にしろ、「くぎ煮」にしろ、ガバガバ食べるようなものではない。ちょっとしたご飯のおかず、あるいは酒のつまみ、といったところだろうか。年寄りにはいかにもぴったりの珍味ではある。

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