2016年6月26日日曜日

「ホー、アンチョビ」

 若い母親が車で迎えに来た。いわき市役所の南方、小高い丘の団地にパン屋がある。食事ができる。彼女と幼い娘、私たち夫婦の4人でランチをした。
 店の前に山が広がる。ウグイスが林縁でさえずっていた。店の人がいう。「娘は、『ホケキョではなくて、アンチョビと聞こえる』って言ってます」。「ホー」と前奏が入って「ホンチョビ」と続く。「アンチョビ」と聞こえないこともない。
 
 ウグイスは場所によってさえずり方が異なる。夏井川渓谷=写真=では「ホー、ホケキョ」のほかに、「ホー、ホケベキョ(チョ)」と一音多くさえずる個体がいる。毎年、「ホケベキョ」がいるということは、代々、そのさえずりを学習しているのだろう。渓谷にすむウグイスだけかと思ったら、河口に近い平野部でさえずるなかにも「ホケベキョ」派がいた。

「ホー、アンチョビ」はしかし、パン屋の関係者らしい「聞きなし」かもしれない。イワシの刺し身を食べても、塩蔵品を口にしたことのない人間には思いもつかない発想だ。

「ベーコン」を「霊魂」と聞き間違えた詩人の詩がある。<「霊魂を食べて ふとるのよ」/というこえが どこかでしたので/急に胸が悪くなって目が覚めた>(村野四郎「霊魂の朝」)。「霊魂」を食べる?――ありえないことだとしても、聞き間違いから「震えるような1行」が立ち上がった。それを詩と呼ぶ。

「豆腐とこんにゃく」という民話は方言の掛詞(かけことば)で笑いを誘う。棚から落ちて大けがをした豆腐をこんにゃくが見舞う。「お前はなんぼ棚から落ちてもけがすることがないからいいな」。豆腐がこんにゃくをうらやましがる。すると、こんにゃく。「いやいや、おれだって生きたそらねえ。ほだって、毎日『今夜食う(こんにゃくう)、今夜食う』って言われるもの、生きたそらねえべや」

 最近知った例――。若い仲間が車中でラジオを聴いていた。次は「ゆず」と紹介された曲を聴きながら、しゃれたイントロだなぁ、今までにない曲調だなと思っていたら、「U2」だった。「ゆず」と「U2」。ラジオの声がなまっていたのか、耳が疲れていたのか。さっそく“聞き間違いコレクション”に加える。ついでに、久しぶりに「U2」を聴いてみる。
 
 暮らしのなかでおこる、こうした突拍子もない言葉の連結やずれが「霊魂」を味わい深いものにしていくのだろう。

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