2019年7月31日水曜日

続・味噌かんぷら

先日、「味噌かんぷら」の話を書いたら、歴史を研究しているいわき地域学會の先輩からメールで情報が寄せられた。「山梨県にも『せいだのたまじ』というじゃがいもの味噌煮があります。中井清太夫に関わる一品です」
 先輩は小名浜に住む。小名浜は江戸時代、幕領だった。代官が治めた。中井清太夫はその一人。天明8(1788)年から寛政3(1791)年までの3年間、小名浜代官を務めた。

 小名浜へ来る前は、甲斐国(山梨県)の上飯田や甲府、石和・谷村の代官職にあった。天明の大飢饉対策として、幕府の許可を得て九州からジャガイモを取り寄せ、村人に栽培させたという。のちに山梨ではジャガイモを「セイダユウイモ」(あるいは「セイダイモ」)と呼ぶようになる。小名浜でもジャガイモの栽培を奨励した。清太夫はその後、関東代官を経て飛騨に赴任する。

岐阜県高山市で年2回発行されていた総合文芸誌に「文苑ひだ」がある。第13号(2017年7月)に、高山出身でいわき在住の峠順治さんが調査レポート「ジャガイモ考――いわきの方言にも『センダイイモ』があったよ」を掲載した。

 高山周辺の年配者は今もジャガイモを「センダイイモ」と呼んでいるそうだ。江戸時代の代官(幸田善太夫説と中井清太夫説がある)が導入したとされる。峠さんの友人が生前、同誌に「センダイイモ」という方言は中井清太夫に由来するものだと書いた。それを受けて峠さんが探究を続けた。
 
 いわきの資料では、清太夫由来の「セエダエモ」だけで、「センダイイモ」は見当たらなかった。ところが、『日本植物方言集成』(八坂書店)に、「センダイイモ」に近い「センダイモ」がいわきの方言としてあった。「『センダイモ』という呼称は、石城(浜通り南部)即ち幕領小名浜地区で流布していたと思われる」と峠さん。

 その高山に、ジャガイモの小芋を使った郷土料理はあるのか――。あった。「ころいもの煮付け」という。

 プロ・アマ問わず、ジャガイモをつくると、必ず未熟な小芋ができる。去年(2018年)は、知り合いからもらったまま置き忘れ、芽が伸びたジャガイモを、味噌かんぷら用にだけ植えて小芋をつくった=写真。

「味噌かんぷら」も「せいだのたまじ」も味噌味だが、「ころいもの煮付け」は醤油味だ。東西の食文化の違いはあっても、未熟な小芋を捨てることなく、大事に、しかもおいしく食べられるようにと、庶民は工夫した。遠く離れた三つの地域だが、清太夫を介して似たような食文化が根づいて郷土料理になった、とはいえないか。

0 件のコメント: