2019年12月16日月曜日

師走の吉野せい賞表彰式

 第42回吉野せい賞表彰式がおととい(12月14日)、いわき市立草野心平記念文学館で開かれた=写真(あいさつする受賞者)。師走の表彰式は、42年の歴史のなかで初めてだろう。その顛末を記録として残しておく。
 吉野せい(1899~1977年)は同市小名浜出身の作家。少女時代に文学にめざめ、詩人の開拓農民・吉野義也(三野混沌)と結婚してからは、筆をおいて家業と育児に没頭した。夫が亡くなったあと、70歳を過ぎて再び筆を執り、短編集『洟をたらした神』で田村俊子賞・大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。

 いわき市はせいの業績を記念して、新人の優れた文学作品を顕彰するため、昭和53(1978)年、吉野せい賞を創設する。表彰式は例年、せいの命日の11月4日前後に行われている。

今年(2019年)は10月12日に台風19号が上陸し、いわき市内では主に夏井川水系で床上浸水被害が相次いだ。そのため、同15日に予定されていた同賞の記者発表が中止になった。この何年か、5人の選考委員を代表して、記者クラブに出向いて選考結果を報告している。が、今年は資料だけの「投げ込み」になった。11月9日に予定されていた表彰式も1カ月余りずれ込んだ。

一連の行事は、同賞運営委員会が主催する。それとは別に選考委員会があり、募集期間が終わった月遅れ盆以降、各選考委員が全作品に目を通して1次選考作品3編、青少年特別賞候補1編を選ぶ。このあと9月下旬に委員5人が顔をそろえて議論し、各賞を決める。それを10月初旬の運営委員会に報告し、了承されて初めて正式に賞が確定する、という流れになっている。

今年も、賞の確定までは予定通りだった。運営委員会開催直後に台風19号がやって来た。

受賞者や委員への連絡などは事務局である市文化振興課が担当する。記者会見の中止・投げ込み、表彰式の延期なども、逐次連絡があった。この判断の素早さは何度も自然災害と向き合ってきた役所ならではのものだろう。もっとも、記者は災害取材に追われているから、予定通り発表してもクラブには誰もいなかっただろうが。

 こうして、今年の同賞と選考委員としてのかかわりは、作品を読み始めてから表彰式まで4カ月に及ぶ長丁場になった。しめくくりは表彰式前の、受賞者との昼の会食。作品のテーマや書くきっかけなどを具体的に知ることができた。水害に遭った地区に住む一人は、こちらの質問に「床下(浸水)でした」。それだけがずっと気になっていた。

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