2020年2月20日木曜日

図書館利用術

田村隆一の詩句にある。「<昨日>の新聞はすこしも面白くないが/三十年前の新聞なら読物になる」。いわきでは30年前どころか、113年前の明治40(1907)年の新聞が読める。
いわき市立図書館のホームページに、いわきの新聞や地図、絵はがきなどを収めた「郷土資料のページ」がある。平のまちの豪商が開設・運営した私立図書館「三猿文庫」に収蔵されていたいわきの郷土資料のうち、36紙の新聞がデジタル化されて、いつでも、どこからでも閲覧できるようになった。

おかげで、明治40年以降のいわきの近代文学や社会の動きなどを、家にいながら、すぐ探れるようになった。

「図書館『いわき学』講座」=写真(チラシ)上1=が1月29日から2月26日まで、いわき総合図書館を会場に毎週水曜日・全5回の日程で開かれている。きのう(2月19日)の4回目を担当した。「吉野せい『洟をたらした神』を読み解く」と題して話した。

『洟をたらした神』の注釈づくりをライフワークにしている。図書館の開架・閉架資料と、ホームページのデジタル新聞などを利用して、それぞれの作品の時代背景を調べ、史実と作品を比較・検討している。そのなかから、好間・川中子のネギ栽培や北海道への移民制度などを、近現代史のなかで解説した。併せて、『洟をたらした神』はノンフィクションかもしれないが、フィクション性も高い――そう感じるようになった根拠を、例を出して説明した。

内容は、これまで拙ブログで取り上げてきたことが中心だ。注釈づくりのために図書館をどう利用してきたか、ということも話したので、そのことを書きとめておきたい。

私は、講座ではプロジェクターを使わない(使えない)。図書館の担当者とやりとりするなかで、当日朝、指示してもらえばリアルタイムでプロジェクターを使い、「郷土資料のページ」から新聞を拡大・投影できるという。それをやってもらった。壁に映し出された新聞記事を、これも初めての経験だが、指し棒を使ってあれこれ説明した。
自分のパソコンから図書館のホームページを開く→郷土資料のページを開く→新聞の項目を開く=写真上2→必要な新聞の紙面を開く、といった手順のほか、昔の地域新聞は夕刊として配られたが欄外にある発行年月日は翌日になっている、その違いを頭に入れておかないと事件・事故の起きた日を誤認する、といったことを最初に話した。(私の話に合わせて、担当者がパソコンを操作し、プロジェクターで投影したので、思った以上にわかりやすく見せることができた。話している私自身も説明がしやすかった)

普通の図書についても、自宅で検索をして本の有無、貸出中かどうか、などを確かめる。一般の本を読んでよくわからないときには、児童図書に当たる――そんな話もした。

今すぐ読みたいのにラトブの総合図書館にはない、内郷あるいは四倉図書館にはある、となれば、そちらへ出かける。勿来へ用事があったついでに、植田の勿来図書館から借りてきたこともあるが、こちらはやはり遠い。すぐ行く範囲は内郷・四倉までだ。要は自由に本に接する、図書館の垣根を超えて利用する、ということだろう。

講座が終わったあと、図書館利用術のような講座をやる場合はしゃべってもいいよと、担当職員に押し売りしたが、それには、ラトブがオープンしたその日から図書館を利用してきたことへの恩返しの意味もある。

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