2020年2月6日木曜日

V字谷の「光の花」

平日の朝遅く、夏井川渓谷の隠居へ出かけた。庭の畑に生ごみを埋めるだけで、ほかにやることはない。午前11時前には隠居を離れた。逆光のV字谷を戻ると、籠場の滝の上流、右手前方の木にプラチナ色の「花」が咲いていた=写真上1。いや、花と思ったのは枝々の反射光だった。
わが隠居は谷側の一番低いところにある。冬場、右岸の尾根から朝日が顔を出すのは9時前後。山側のJR磐越東線の上にある家では、わが隠居よりは早く日が差す。そこから見ても右岸の林床は午前中、逆光でカーテンがかかったように薄暗い。

だから、というべきか。V字谷の冬に特有な殺風景のなかで、少し開けた岸辺の落葉樹が1本、そこだけ光り輝いている。なんとも神々しい“光景”だ。

渓谷の常緑樹はアカマツとモミ。低木のアセビと、つる性植物のキヅタなども、1年中、緑の葉を付けている。それ以外の木々は、これが圧倒的に多いのだが、冬には葉を落として眠りに就いている。太陽の位置と通りがかった人間の間にいい角度で裸の木があり、枝という枝から光が反射して花を咲かせているように見えた――。その日、その時間、その場所だからこそ出合えた天然のアートだろう。

話は変わって、おととい(2月4日)は立春だった。渓谷では籠場の滝にしぶき氷ができないまま、極寒期が過ぎた。一気に「光の春」がやって来るのかと思えば、そうでもない。この冬最強の寒気が北から南下してきた。

とはいえ、頭は春に向かって動き出している。3回目の白菜漬けにも白く産膜酵母が張った。半分以下になったところでタッパーに回収し、冷蔵庫に保管した。白菜の漬け込みは、今冬はもうなし。2月後半には例年より1カ月半早く、糠床を復活させる。その間は切り漬け(一夜漬け)でしのぐ。
フキノトウも、近所のおばさんからもらったのがてんぷらになった=写真上2。きのうも、味噌汁にフキノトウのみじん切りが浮いていた。地物か、スーパーから買って来たものかはわからない。「寒さの冬」(そんなに寒さを感じなかったが)と「光の春」の綱引きは、まずは「光の春」が1勝した。きょうからはどうか。「寒さの冬」が勝つほど冷え込むのか。

そうそう、「光の春」はだれかのお天気エッセーで覚えたのだが、ロシアで生まれた言葉だった。去年(2019年)、“文化菌類学”に熱中して、キノコ関係の本を読んでいたとき、ロシアの作家ミハイル・プリーシヴィン(1873~1954年)を知った。彼の文章に出てくる言葉だった。

総合図書館には『裸の春 1938年のヴォルガ紀行』(群像社、2006年)や『森のしずく』(パピルス、1993年)など、彼の本が4冊収蔵されている。きのう、『ロシアの自然誌 森の詩人の生物気候学』(同、1991年)を借りてきた。

 最初の1行。「移り行く自然の相を日々観察していると、春の兆しはいや増すひかりのうちに感じられてくる」

そのうち、「音の春」が始まる。「2月。日の当たる側の屋根から、ぽたりと最初のひとしずくが落ちてくる」。「1月、2月、それと3月の初めは、これはまだ<ひかりの春>である」。「雪の照り返しで目がちかちかして堪え難いほど」の<ひかりの春>のあとに、ほんとうの春が訪れる。

こうした自然描写が北国のロシアの市民に受け入れられ、春の兆しを告げる季節の言葉として「ひかりの春」が定着した。やがてそれが、日本でも気象予報官あたりから春の始まりを表す“気象用語”となって広まったのだろう。好きな言葉のひとつではある。

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