2020年4月6日月曜日

古関裕而をうたう

 夏井川渓谷の小集落・牛小川では、アカヤシオ(岩ツツジ)の花が満開に近い日曜日、「春日様」の祭礼が行われ。今年(2020年)は開花が早かった。それに合わせて、4月最初の日曜日(きのう5日)にのぼりが立った。
 小さい社(やしろ)=春日神社が集落の裏山にある。小雨の中、各家から1人が出て参拝=写真上1=し、ヤド(宿)に戻って直会(なおらい)をする。ありがたいことに、週末だけの「半住民」の私にも連絡がくる。

神官が来るわけでも、みこしが練り歩くわけでもない。10軒にも満たない隣組=行政区の1年の無事を自分たちで祈る場だ。昔、春日様へ祈願に来た人間は戦場から生きて帰って来た、という言い伝えがある。新型コロナウイルスとの闘いにも春日様の加護を願った。

 ヤドは、前は各家持ち回りだったが、今はKさんの家の奥、納屋を改造した「談話室」と決まっている。まきストーブがある。カラオケセットもある。

時節柄、「密閉・密集・密接」の「ダンミツ(断・密)」、つまりは「三密」自粛がいわれている。が、ポツンとある小集落、納屋を改造した「談話室」、10人未満、ほとんどが年金生活の“おこもり”組、ということから、例年通りの開催が決まった。

 カラオケは“古関裕而アワー”になった。朝ドラで古関裕而夫妻をモデルにした「エール」がスタートした。それが大きい。
宿の主のKさんがいきなり、「高原列車は行く」をかけて、私に歌えという。ノンアルでしらふだが、遠慮するのも大人げない。河島英五の「時代おくれ」にある「マイクが来たなら微笑んで/十八番(オハコ)を一つ歌うだけ」の気分になる。そのあと、別のKさんが「長崎の鐘」を歌い、さらに何人かが「高原列車は行く」を繰り返した=写真上2。

「高原列車は行く」は、作詞が小野町出身の丘灯至夫。いわきと小野町は磐越東線でつながっていることもあって、渓谷の住民にとっては、「高原列車」は容易に「磐東線列車」になる。曲をよく知らない人も聴いているうちに歌えるようになったから、シンプルなメロディーにはちがいない。
 夜は、BSプレミアムの「新・日本のうた」を聞いた。後半、古関裕而特集になった。1曲目はやはり「高原列車は行く」だった=写真上3。若山牧水の「白鳥の歌」も古関メロディーだ。どんなに悲しいテーマでも、どこか明るく美しくまとめている。あすへ向かって歩き出したくなるような救いがある。そこが古関メディ―の魅力なのだろう。

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