2020年11月9日月曜日

詩と写真集、母国フランスで受賞

                     
 先週の水曜日(11月4日)、フェイスブックにフランスの女性カメラマン、デルフィーヌ・パロディが情報をアップした。フランス語から日本語に切り替えて読んだ=写真。デルフィーヌの写真に、ベルリン在住の芥川賞作家多和田葉子さんの詩を組み合わせた本が、フランスの2020年HiP賞・自然と環境部門で受賞した、とあった。「omedetou」とローマ字でコメントを入れると、「ありがとう」と日本語で返ってきた。

 彼女は東日本大震災に伴う原発事故をテーマに、何年もいわきへ通った。彼女と多和田さんとの出会いがベルリンでの詩と写真の共同展になり、多和田さんもまたいわきや双葉郡などを見て回った。それが「献灯使」などの作品につながった。

2014年2月14日付の拙ブログを、要約して載せる。――ドイツからエアメールが届いた。封筒に入っていたのは横長の展覧会案内1枚だった。ドイツ語で何か印刷されている。唯一の英語は「アウト・オブ・サイト」、唯一の日本語は「ベルリン日独センター」だ。同センターのホームページからわかったのは、デルフィーヌが2月18日から3月28日まで、多和田さんと2人展を開く、ということだった。

 デルフィーヌとは震災1年後の2012年5月中旬、イトーヨーカドー平店2階にあった被災者のための交流スペース「ぶらっと」で出会った。「ぶらっと」ボランティアの一人、英語が堪能なTさんが彼女の写真取材を支えた。Tさんを介して、われわれ夫婦も彼女と親しくなった。

 彼女がいわきを拠点に被災者・避難者の取材を重ねて1年が経過したころ。多和田さんと、写真と詩のコラボレーションをすることになった、とTさんから聞いた。多和田さん自身も2013年8月、Tさんの案内でいわき・双葉郡、その他の土地を巡った。Tさんの誘いで多和田さんを囲んで食事をしたこともある。

 雑誌「ミセス」の連載エッセーで、多和田さんは福島取材の印象をこう記した。「あの黒い袋の中の物質は何千年たっても子供たちを癌にするかもしれない。(中略)とんでもないもの、手に負えないものを無責任にこの世に送り出してしまった人間のとりかえしのつかない過ち。福島への旅は、わたしにとっては、これまでで一番悲しい旅だった」

 2人のコラボレーションがベルリンでの詩と写真展「アウト・オブ・サイト」になった。直訳すれば「視野の外」。見えない世界、見えなくなったふるさと、見えない放射能……、そんなことをテーマにしているのだろうと、私は勝手に想像する。

 デルフィーヌが「いわきの森を見たい」というので、晩秋、彼女を夏井川渓谷のわが隠居へ招待したことがある。Tさん母娘と一緒にやって来た。紅葉の渓谷林を案内したときのカメラアングル、シャッターチャンスが、私と違っていた。さすがは写真家、と感じ入ったものだ――。

それから6年。詩と写真展の直後は日本で本を出したいといっていたが、なかなか実現しなかった。Tさんの話だと、クラウドファンディングで、母国フランスで出版が実現した。Tさんも協力したという。本が届いたら見せてもらうことになっている。

実は、10月30日付拙ブログ「またまたお福分け」に、フェイスブックを介して、デルフィーヌが「いいね」を押していた。ほんとうに久しぶりの反応、いやあいさつだった。それから5日後の受賞の知らせだった。12月に彼女はいわきへ「帰って」来る。

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