2021年2月17日水曜日

吉田重信個展「分水霊2021」

                             
 会場に入ると、赤く塗られた白地の大きな布が目に飛び込んでくる。布は天井から垂れ下がり、床を覆いながら、白い先端部分で砂と一体化している=写真上。

 きのう(2月16日)、いわき市平字大町のアート・スペース・エリコーナで、美術家吉田重信さん(平)の個展「分水霊2021」が始まった。2月28日まで。

 10年前に東北地方太平洋沖地震が発生し、沿岸部を大津波が襲った。それに伴って、いわき市久之浜町から30キロ北にある東京電力福島第一原子力発電所で事故が起きた。

 まずは吉田さんがフェイスブックに記した個展への思いを紹介する。今年(2021年)は3・11から10年の節目の年。「被災地で生きる人々が受けた悲劇の体験や、震災の記憶を忘れないために、布に血を表す漆(うるし)で怒りや悲しみを描き続けている『分水霊』を中心に、いくつかのシリーズ」で個展を構成した。

会場には「分水霊」の大作4点のほか、写真作品2点、漆の小品4点など計16点が展示された。

彼の師匠である故松田松雄に紹介されてから、もう何十年になるだろう。吉田さんは独自の仕事を積み重ね、国内はもとより国外でも評価される作家になった。特に3・11後は、彼の表現を見のがさないようにしてきた。

震災直後、シャプラニール=市民による海外協力の会がいわき支援に入り、いわき駅前のラトブ(のちにイトーヨーカドー平店など)で、被災者のための交流スペース「ぶらっと」を運営した。彼が中心になって震災前から手がけていた「光の鳥」プロジェクトが、開設したばかりの「ぶらっと」でも展開された。

青い鳥と赤い鳥からなる「光の鳥」の絵はがきを幼稚園や学校に持参し、子どもたちに自由に色やメッセージをかきこんでもらう。それらを回収し、「ぶらっと」に展示したあと、郵便切手を張って投函する。やがて知人や友人にメッセージをくわえた「光の鳥」が舞い込むというものだった。

シャプラニールはバングラデシュやネパールで支援活動を展開している海外NGOだ。ネパールからもおよそ50枚の「光の鳥」が届いた。「ぶらっと」が最終展示になった。震災から9カ月目の師走の22日に投函された。つまりは、「光の鳥」はクリスマスカードでもあった。

個展の話に戻る。冒頭の作品に絞って書く。漆の赤は怒りや悲しみを表す血の色だという。この震災では災害関連死を含めて2万人近い人が亡くなった。自然への畏(おそ)れ、死者への鎮魂と祈り。さらには人間を追い立て、自然を汚染した原発事故、言い換えれば文明への懐疑と怒り。それらが混然一体となって、炎のような血をたぎらせているのだ。

「分水霊」とは、「分水嶺」がそうであるように、生と死の「分かれ目」、そこで揺れ動いている人々の運命、という意味でもあろうか。

 折から、最大震度6強の大きな地震がおきた。10年という歳月が遠いとおいものではなく、まだ「現在進行形」であることを痛感させられるなかで、個展が始まった。

 赤く垂れこめた血の先端が波のように、木の根のように細かく分かれ、血しぶきとなって砂に溶け込むあたりに、小さなちいさな「百万塔」が安置されている。

前にどこかで見たときには、そして今度の案内はがきでは、そこに立つのは「空也上人」像だったような気がする。空也であれ、百万塔であれ、思いは一つ。起きた現実への怒り・悲しみ、そして希望へとつながる祈り。それを象徴するものとして、空也も百万塔もそこに置かれているのだと了解する。

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