2021年2月4日木曜日

風を撮る

                     
 冬型の気圧配置になると、太平洋側では晴れて風が吹き荒れる。とてもじゃないが、外に出る気がおきない。夏井川渓谷の隠居ではなおさらだ。寒い。マスクをしていても鼻水が垂れる。

1月31日の日曜日は、畑に生ごみを埋め、三春ネギを何本か採った(種採り用を除いてあらかた掘り起こしたので、これが最後)。下の庭にあるフキノトウを摘んだら、もうやることがない。

冷たい北西の風に追われるように、隠居のこたつにもぐりこんだ。昼食を取り、昼寝をした。そのあと、なにをしたものかと考えていたら、「風を撮る」ことを思いついた。

風そのものは透明だから撮りようがない。風に飛ばされる枯れ葉なら撮れる。それを撮ったら、風を撮ったことになる。

風を撮るのは現役のころからの願望だ。写真の月刊誌に、桜の花びらがレースのドレスのように舞い踊る作品が載る。風に流されるシャボン玉の写真が載る。秋には風のひと吹きで木々の紅葉が枝を離れる。それも載る。

実は毎年といっていくらい、春の花びらと秋の落ち葉を狙っているのだが、いつもなにがなんだかわからない写真で終わってしまう。その意味では、風を撮ることはリベンジ(再挑戦)なのだが、そのつどはね返されてきた。

隠居の廊下にあるイスに座って、ガラス戸越しに枯れ葉が吹き飛ばされていくのを、ただただ連写モードでカシャカシャやった。なかで目いっぱい拡大しても、まあまあピントの合っていた1枚がこれ=写真上1。ササダケないしヨシの枯れ葉だろうか。

初夏なら、庭木の若葉が強風にしなっているところを撮る。といっても、しなりをカメラに収めるのは簡単ではない。

知り合いの若いカメラマンが毎日、フェイスブックに作品をアップする。毎回、みごとな出来栄えに感心する。花びらと落ち葉で風を表現したこともある。そのうち彼に風の撮り方を教えてもらおうと思う。

渓谷では、風の姿を体現するのは若葉や枯れ葉だが、土砂除去が行われている平地の夏井川では、砂ぼこりだ。強風が吹き荒れると、けむりのように砂が地面をすべっていく。

そういえば、昔、「道の駅よつくら港」そばの境川に、海岸の砂が風でとめどなく流れ落ちているのを見たことがある=写真上2。ちょうど今ごろだ。川底の砂は上流からだけでなく、わきからも供給されることを初めて知った。

ま、それはさておき、私のウデではササダケないしヨシの枯れ葉が吹き飛ばされたところを、たまたま撮ったというあたりが限界だ。

落ち葉が20枚も30枚も舞い上がり、風に吹き飛ばされるところをカシャカシャやったとしても、30メートル先の出来事ではケシ粒にさえならない。拡大すればただただシミのようにぼやけているだけだ。

きょう(2月4日)は強風注意報が出ている。街への行き帰り、夏井川の堤防から砂けむりの撮影に挑戦してみようか。

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