2021年2月24日水曜日

『松の文化誌』

                     
 ローラ・メイソン/田口未和訳『松の文化誌』(原書房、2021年)を読む。著者はイギリスの食物史家・フードライターだ。欧米にもマツタケの仲間が分布するが、香りが強すぎるために人気がない。マツタケの記述はないだろうと思っていたら、その通りだった。

 世界に生息する松と人間のかかわりを論じている。キノコに関しては「松の木の根系は、しばしば菌根とともに発達する。根の表面に付着して白っぽい膜で覆う菌類だ。見かけは悪いが、この菌根は松と共生関係にあり、松から栄養分を摂取すると同時に、松にとっても地中のミネラルが吸収しやすくなるという利点があり、やせた土壌での成長を助けてくれる」。

 マツタケはそうして生えてくる――と、日本人ならなるのだが、そこへは目が行かない。あとになって中国の不老不死の話が出てくる。

「中国では古くから、医師たちは松脂(まつやに)と松の根元に育つ菌類(茯苓=ぶくりょう=「サルノコシカケ科のマツホドの菌核をそのまま乾燥させたもの」)との関係に、複雑な考えを抱いてきた。この菌は、地面に流れ落ちた松脂がそのまま残って千年が経過した状態と考えられ、不老不死の薬とみなされていた」

なるほど、「白髪三千丈」の中国らしい壮大な時間の物語だが、サルノコシカケ科(今は「多孔菌科」というらしい)なら木材腐朽菌ではないか。マツタケは松の根と共生するが、マツホドは一般に伐採後3~5年経過したマツの根に寄生する。

あるいはまた、「松林はさまざまな種のキノコの宝庫として知られる。なかでもタマチョレイタケ(学名polyporus)に属するキノコは、中国では長寿を望む人たちのための優れた薬になるとされている」というくだり。

タマチョレイタケの仲間も多孔菌科。しかし、多くは松ではなく広葉樹に発生する。夏井川渓谷の隠居の庭にある広葉樹の枯れ木には、仲間の一種のアミヒラタケが出る。要するに、『松の文化誌』が取り上げたキノコは中国止まり、食用よりは薬用に重点が置かれている。

本文中に作者不詳の中国の掛け軸が紹介されている。そこに描かれている松の根元のキノコは、中国では不老不死の妙薬とされている霊芝(マンネンタケ)のようだ。

以上は『松の文化誌』のほんの一部。主題は「松脂」といってもよい。「古代の地中海世界では、松に関しては木材よりも松脂やピッチが重要だった」という。

松の生木から採取した松脂を蒸留するとテレビン油やロジンができる。枯れた松材からはピッチやタールが抽出される。船や道具を長持ちさせる防水・防腐剤であり、接着剤でもあったという。ワイン製造にもしばしば使われた。つまりは、生活のさまざまな場面に松脂が利用されていたのだ。

 本文に松の木から松脂を採った「傷口」の写真が載る=写真。太平洋戦争中、夏井川渓谷の小集落でも同じようなやり方で松脂採りが行われた。渓谷ではその傷跡が「ハート形」あるいは「キツネ顔」となって赤松の根元近くに残る。本のキャプションにはⅤ字形の「猫の顔」とあったが、どう見てもネコの顔には見えない。

 12年前に北欧を旅行し、ノルウェーのフィヨルドを楽しんだあと、ヴォスの教会を訪ねた。石造りだが、塔だけは板張りだった。全体が板張りの教会もある。その写真が紹介されていた。材は松、松タールで全体がコーティングされている。塔がなぜ黒すんでいるのか、がよくわかった。

この本のポイントは「松の木から作る製品は、鉱油や石油化学製品が開発される以前の世界では、防腐剤や溶媒として必需品だった」(序章)。そして、「将来には再びその利用価値に注目が集まる日がくるだろう」。これに尽きる。

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