月遅れ盆のあと、旧知のKさん(平)から、いわき民報社経由でディーリア・オーエンズ/友廣純訳『ザリガニの鳴くところ』(早川書房、2020年)が届いた。
新型コロナウイルス問題で図書館など公共施設の臨時休館が続いた。休館前に『ザリガニの鳴くところ』を借りに行ったら、一足違いで「貸出中」に替わった。そのことをブログに書くと、Kさんが目に留めて貸してくれた。
メモが入っていた。あとからはがきも届いた。最後の部分が大事なので、急がずに、ゆっくり読んでください。ほかに読みたい人がいれば、そちらへ回して――。アドバイスに従って、時間をかけて読んだ。
小説の舞台はアメリカ・ノースカロライナ州の海岸部にある湿地。ジャンルでいえばミステリーだ。主人公は女の子のカイア。カイアの人生を縦糸、カイアがからむ殺人事件を横糸にして物語が展開する。
カイアは湿地の家に住む。父親の暴力で母親が去り、兄や姉たちが去る。父親もカイアが10歳を過ぎたころに蒸発する。
湿地の家に取り残されたカイアは、学校へは行かない。行ったのだが、同級生にいじめられて一日でやめた。ムール貝を採ってわずかな現金を得、菜園で野菜を育てながら、自給に近い生活を続ける。やがて、年上の男の子・テイトがカイアのもとに通って読み書きを教える。
野鳥の羽や貝殻、虫、花……。文字を知り、標本に正確なラベルを付け、精密な絵を描く。のちに原生動物の研究者になったテイトの口利きで、カイアの絵を収めた最初の本『東海岸の貝殻』が出版される。続いて、『東海岸の鳥』やキノコの本なども刊行される。
若いとき、カイアに近づき、カイアを捨てた青年が死んで見つかった。警察は殺人事件と断定した。カイアは逮捕され、裁判にかけられたが、無罪になって放免される。
テイトとカイアはその後、一緒に暮らし、穏やかな日々を重ねて年老いる。カイア、64歳。いつものようにボートで潟湖へ標本を探しに出た。が、なかなか帰ってこない。テイトが探しに行くと、ボートのなかで息絶えていた。幸せな死というべきか。
そのあと、殺人事件に絡むどんでん返しが待つ。さらに別のどんでん返しも。作中、地元紙に掲載されたアマンダ・ハミルトンという詩人の詩が挿入される。カイアがペンネームで投稿していたのだった。もう一度、その詩を味わうためにも読み返さないと――そんな思いになった。
ミステリーはともかく、カイアと自然とのかかわりがこの本の醍醐味には違いない。自然の描写だけでも、ヘンリー・ソローの『森の生活』以来のネイチャーライティングとしての魅力にあふれている。
そして最後、本のタイトルについて。カイアの母親がいつもこういって湿地を探検するように言ったという。「できるだけ遠くまで行ってごらんなさい――ずっと向こうの、ザリガニの鳴くところまで」。テイトの解釈はこうだ。そこは「茂みの奥深く、生き物たちが自然のままの姿で生きてる場所ってことさ」
そうそう、オーエンズは子どものころから小説を書くのが夢だった。動物行動学の博士は、それを70歳になって実現した。アメリカの吉野せいだったのだ。
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