2022年2月2日水曜日

コロナとペスト

   
                

   人は神や仏にいろんなことをお願いする。「疫病退散」もその一つ。令和2(2020)年以前はしかし、「疫病」には実体がなかった。私のなかではただの一般名詞だった。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)がおきてから、疫病といえばコロナと、具体的なイメージが浮かぶようになった。疫病の歴史にも無関心ではいられなくなった。

日本の疫病の例では天然痘、はしか、赤痢、コレラ、インフルエンザなどがある。海外ではペスト(黒死病)が知られている。

そのときに何が起きたのか――。人間には記録に残しておこうという衝動がはたらくらしい。鴨長明の「方丈記」には12世紀の天変地異や疫病流行などが書き留められている。

最近の例では、東日本大震災と原発事故がある。学者や記者はもちろん、一般の市民も降りかかった災害を、それに伴う暮らしや心の変化を書き留めてきた。

ノンフィクションではなく、フィクションで表現する方法もある。市民を含めたいろんな作家が「3・11小説」を書いた。目についたものはできるだけ読むようにしている。

コロナはどこの国でも猛威を振るっている。すると、アルベール・カミュ(1913~60年)の『ペスト』が読み返される、美術ではピーテル・ブリューゲル(1525?~69年)の「死の勝利」が取り上げられる、といったことがおきた。

日本でも、大正時代の「スペイン風邪」をテーマにした菊池寛の小説『マスク』が文庫本になってよみがえった。

これは買って読んだ。読後感は一つ。不要不急の外出は避ける、外出時にはマスクを、といったことも含めて、100年前も今も人間の行動と心理は変わらない

今年(2022年)は、正月前半にアレッサンドロ・マンゾーニ(1785~1873年)の『いいなづけ 上・中・下』(平川祐弘訳、河出文庫)=写真=を図書館から借りて読んだ。

カミサンの同級生がイタリアに住んでいる。年末に原語でこの小説を読んだ。前も紹介したが、年賀メールに読後感が記されていた。

17世紀にミラノを襲ったペストの恐怖をつぶさに描写している。「当時はこれで北イタリアの人口が半減したとか。隔離病院の様子や人々の心理描写を見て歴史は繰り返されるのだなと感じました」

献身的に感染症と闘う人々がいる。一方でデマがまん延する。それに翻弄される。「歴史は繰り返される」を別の言葉でいえば、400年前も今も人間の行動と心理は変わらない、になるか。

『いいなづけ』の流れで、ジョバンニ・ボッカッチョ(1313~75年)の『デカメロン』(河島英昭訳、講談社文芸文庫)も借りて読んだ。こちらは14世紀中ごろにフィレンツェで流行したペストが物語の契機になっている。

イタリアからの追伸には、「『いいなづけ』はイタリアの中学校や高校の国語の授業にとりあげられて必ず読まされる」作品とあった。ダンテの『神曲』と並ぶ国民文学という位置付けだ。このコロナ禍下、イタリアの「ペスト文学」に触れて気持ちが少し落ち着いた。

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