朝、あるいは昼に、夕方に街へ出かけると、帰りは夏井川の堤防を利用してハクチョウをウオッチングする。そのとき、水辺で休んでいる個体を数える。
といっても、前より多い、少ない――その程度、つまり感覚だ。その感覚でいえば、ピーク時の半分になった。
場所は新川合流点(平・塩)から国道6号・夏井川橋(同・中神谷)までの、ざっと2.5キロ区間。対岸は平・山崎だ。
両岸の河川敷は、令和元年東日本台風被害からの復旧・国土強靭化事業のなかで、立木伐採・堆積土砂撤去が行われた。
この冬は工事車両が消えたこともあって、塩地内に集中していたハクチョウたちが下流まで、広く散らばって羽根を休めている。
なかでも、中神谷の調練場~天神河原と対岸・屋越(山崎)の広大な河川敷には大集団が飛来するようになった。合わせると200羽、いやそれ以上はいただろう。もしかしたら300羽前後、これがピーク時の数だ。
2月下旬、昼前に堤防を通った。川で休んでいたハクチョウが5羽、飛び立ち、旋回してどこかへ去った=写真。北へ帰る準備か――ふと、そう思った。
上流の小川町三島の夏井川に、けがをして残留したコハクチョウがいる。えさをやっている女性が「エレン」と名付けた。
「白鳥おばさん」によると、エレンは飛べるようになった。とはいえ、ふるさとの北極圏へたどり着けるまでに回復したかどうか。
長い旅のルートを思う。『鳥たちの旅――渡り鳥の衛星追跡』(樋口広芳=NHKブックス)によると――。
1990年4月10日、北海道のクッチャロ湖で送信機を付けられたコハクチョウはサハリンへ渡り、ロシアの北極海に注ぐ巨大河川「コリマ川」を北上して河口に到達し、やや北東部に移ったところで通信が途絶えた。
そこは「大小何千もの湖沼からなるツンドラ地帯の一大湿地」、つまりコハクチョウの繁殖地だ。クッチャロ湖から繁殖地までの距離は3083キロ、3週間あまりの旅だったと同書は言う。
このコハクチョウは1986年から毎年、長野県の諏訪湖に飛来し、送信機を付けられた1990年の秋には幼鳥1羽を連れて現れた。色足環で確認された。
ハクチョウの寿命がどのくらいかは分からない。が、北の繁殖地と南の越冬地をどう往来するのかは、この本から少し分かった。
ある年の3月中旬の夜更け、わが家の上空をハクチョウが鳴きながら通り過ぎた。慌てて戸を開けたが、既に姿はなかった。十六夜の月が南天近くで輝いていた。月明かりを頼りに北へ飛び立つグループもいるのだろう。
ハクチョウのふるさとを思い浮かべながら、複雑な気持ちになる。留鳥のヒヨドリは「ピース、ピース」と鳴く。ロシアのハクチョウも、今は「ピース、ピース」と鳴きたいのではないか。
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