2022年2月22日火曜日

市美展、半世紀

        
 いわき市民美術展覧会は今年(2020年)で51回目になる。私の“社会人歴”と重なる。

 日曜日(2月20日)は起きると雨。山里では雪になっているかもしれない。夏井川渓谷にある隠居へ行くのをやめて、雨上がり、市立美術館へ出かけた。

市美展の陶芸・写真の部が開かれている(2月27日まで)。展示場入り口で『いわき市美展50年の歩み』をもらった=写真。この冊子は去年、発行された。

あとで図書館のホームページを開き、電子化された過去のいわき民報を読む。第1回展が開かれたのは、昭和46(1971)年10月。会場は平市民会館(現・いわき芸術文化交流館「アリオス」)だった。

 私は同年4月、いわき民報社の記者になった。この年は警察回りを始めたばかりで、市や市教委がらみの文化的な行事は先輩記者が担当していた。

 第2回展は同じ平市民会館で、10月27~30日に開かれた。26日のいわき民報に予告と審査結果が載った。翌27日には青年書家の田辺碩声さんが日展に初入選した記事が載る。

市美展の方は記憶があいまいだが、田辺さんは私が取材した。草野美術ホールのおやじさんから連絡があり、同ホールの事務所で会って話を聴いた。

そのころすでに、同ホールに出入りする画家松田松雄さんらとつながりができていた。田辺さんともこのときからつきあいが始まった。

 展覧会の記事をさかのぼって探すと、前年の夏、警察回りを始めてほどなく、街なかの同ホールや画廊喫茶で開かれる個展を取材するようになった。記事が生意気な“批評文体”なのでわかる。

 市美展は、昭和50(1975)年の第5回展から新設された市文化センター、同60(1985)年からは市立美術館が会場になった。最初は絵画だけだったのが、順次、書、彫塑、陶芸、写真の部まで拡充された。

草野美術ホールで出会った画家や陶芸家、あるいは写真家たちが毎年、何人も市美展に出品した。若い世代とも顔見知りになった。それで毎年、市美展を見てきた。

 市立美術館の杉浦友治現館長は『市美展50周年の歩み』のなかで、市美展の特徴を五つ挙げている。①表現の多様性②力の入った新作を発表③審査員は市外から招き、一人に責任をもって審査してもらう④美術館で開催されている⑤協力者・協賛者だけでなく、美術ファンなど市民に広く支えられている――。

 市美展が始まったばかりのころ、20歳前後の若者が大人に混じって佳作に入っていた。佐藤和夫、林(松本)和利クン。今回、50年前のいわき民報の記事を読んであらためて驚いた。

私よりは5~3歳年下だった。草野美術ホールで出会い、その後何十年もつきあいが続いた。彼らは60歳、64歳でこの世を去った。若い世代のチャレンジ精神が「表現の多様性」の源だった――そんなことを思いながら、しばし彼らと“対話”した。

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