2016年4月5日火曜日

茶飲み話

 夏井川渓谷のわが隠居は小集落・牛小川の一角にある。隣組がそのまま行政区になっている。週末だけの“半住民”である私も、いちおう隣組の一員だ(私はマチとヤマの、二つの行政区・隣組に属している)。
 小集落には私をのぞいて8世帯しか住んでいない。子どもはKさんの孫1人。典型的な過疎、少子・高齢集落だ。「限界集落」と自嘲する人もいる。

 21年前、高齢の義父に代わって隠居の管理人になった。当時の区長さんのはからいで隣組に加わった。集落の人々と無縁の“別荘感覚”では自然を眺めるだけだが、隣組に入ったおかげで山里暮らしの面白さを知った。

 おととい(4月3日)、ふだんはマチにすむ元区長の息子のSさんが耕運機で田起こしをしていた。田植えが近い。一段落するころ、道端で立ち話をした。「お茶でも」と誘われた。

 玄関のたたきに直結している茶の間のへりに座ると、私が「おばちゃん」といっているSさんのおかあさんがお盆にお茶、おこうこ(たくわん)、裂きいか、お菓子を載せて持ってきた=写真。間もなくきなこもちが出た。もちを平らげるとすぐお代わりを持ってくる。「もっと食べな」となるものだから、それはカミサン用に持ち帰った。
 
 おばちゃんは「三春ネギ」栽培の師匠だ。渓谷へ通い始めたころ、区長さんの家で酒を飲んだ。イノシシに遭遇するのもいやなので、言われるままに泊まった。一夜明けて朝食をごちそうになった。みそ汁はネギとジャガイモだった。これは! 少年時代、田村郡(現田村市)常葉町の実家で食べていたみそ汁と同じ味ではないか。ネギが軟らかくて甘い。
 
 その一杯のみそ汁から、三春ネギの栽培とネギ調べが始まった。最初は、おばちゃんに苗をもらって栽培した。ネギ坊主から種を採った。が、2年続けて保存に失敗した。採種~保存~播種~定植~収穫~採種のサイクルが軌道に乗ったのは3年後だ。
 
 今度も三春ネギの話になった。私は田村地方にならって曲がりネギにするが、おばちゃんはまっすぐの一本ネギにする。「今は自分で食べる分しかつくってないの」とおばちゃん。Sさんは、これまで母親のつくった三春ネギを食べるだけだった。いずれ渓谷の実家の畑でネギなどを栽培するつもりだ。「そのときは教えてくださいよ」という。
 
 三春ネギの種は足かけ3年のサイクルのなかでしか採れない。採種・保存・栽培方法もおばちゃんから聞いて、私なりのやり方(種を冷蔵庫で保存、曲がりネギにする)に変えた。おばちゃんから私、私からSさんへと栽培がつながれば種はとぎれることなく残る。おばちゃんへの恩返しにもなる。「そのとき」がきたら、いわきの平地のネギとの違いや失敗体験などをすべて伝えるつもりだ。

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