2019年9月13日金曜日

円環するドラマだったか

円環するドラマだったか――。朝ドラの「なつぞら」がクライマックスを迎えつつある今、やっと気づいたことがある。
  冒頭、テーマソングに合わせてアニメの映像が流れる。赤いワンピースを着たおさげの女の子、あれは主人公のなつではなくて(もちろん、なつもモデルの一人にはちがいないが)、これからなつたちが手がけるテレビアニメ「大草原の少女ソラ」の主人公だった。アニメの舞台は大正~昭和の十勝、そこで開墾生活を続ける一家の物語になるという。最初から最後の姿が明示されていたわけだ。

なつたちが「大草原の少女ソラ」のロケハンをする。なつが過ごした柴田牧場などで取材を重ねる=写真上1。その過程で、冒頭にアニメが添えられたワケが遅まきながらわかった。

ドラマが始まったばかりの4月前半、アニメに描かれているキノコと、みんなが協力して新しい開拓農家を支えるシーンに触発されて、ブログを2本書いた。次のような内容だった。

アニメはこんな感じ――。シラカバ林の中に女の子が座っている。鳥が現れる。女の子が立ち上がって鳥をつかまえようとする。そこへエゾシカとヒグマの子が現れ、キタキツネとエゾリスも加わる。ひとりと4ひきがシラカバの林を出ると、北海道の大地が広がっている。林の中を川が流れている。丸太橋を渡る。斜面に移動して大地を眺めながら、タンポポの綿毛を飛ばす。綿毛が白い鳥に変わる。

4月の第1週――。放送開始から4日間は漫然とアニメを見ていた。シラカバ林? もしかしてベニテングタケが生えているかも……。注意して見たら、あった。木の根元に2本。(こういう仕掛けを“発見”すると、うれしくなる)

もう一つは第2週――。東京で戦災に遭い、開拓農民として北海道へ移住した一家が、なつの家の近くにいる(なつ自身も戦災孤児だ)。割り当てられた土地はやせていて、作物がよく育たない。親は離農を考えている。なつの同級生の男の子が泣き崩れる。「オレの力じゃどうすることもできない」

周囲の開拓農民が協力してその土地を開墾する。と、一気に9年が過ぎて、なつと男の子は青春まっただ中の若者に成長し、荒れ地も緑豊かな畑になっていた。大正末期から昭和初期にかけて、いわきから十勝地方に隣接する道東へ移住した詩人猪狩満直がいる。その一家の苦闘を思い出した。

ドラマの戦災移住と同じように、満直が移住したころには関東大震災による被災者移住があった――とまあ、こんなことをドラマが始まってすぐ書いたのだが、「大草原の少女ソラ」の物語はぴったりこの時代と重なる。

前掲の文のあとに、満直と当時の移民制度についても書いた。それも再掲する(すでに長文なのに、なお長々と続く。お許しを)。

満直は大正14(1925)年春、養父との確執から脱するため、「補助移民」となって、阿寒郡舌辛村二五線(阿寒町丹頂台)の高位泥炭地に入植した(北海道文学館編『北海道文学大事典』)。しかし、開墾生活は過酷を極め、草刈正雄扮するドラマの泰樹と同じように、妻を亡くす。再婚してなお挑むのだが、結果的に開拓に失敗して帰郷する。

満直を北海道へ引き寄せた補助移民とは? 元札幌大学長・桑原真人氏の「北海道の許可移民制度について」が理解を深めてくれる。

――北海道の近代化は内地からの移民に依存せざるを得なかった。屯田兵がその典型だが、開拓使時代から道庁時代に入ると、自主的な北海道移民が増加し、移民保護政策が財政的に負担となり、屯田兵を除いてそのほとんどは廃止されてしまう。

しかし、関東大震災後は、罹災者を北海道へ移住させる政策的配慮もあって、再び北海道移民への保護政策が復活する。それが、内務省によって推進された『補助移民』制度だ。この政策はある程度の成功を収めたので、昭和2年から開始される『北海道第2期拓殖計画』(第2拓計)の中にも継承され、『許可移民』制度として実施されることになった。――

こういう制度的背景(資金的な援助も含めて)を押さえながら、吉野せいの短編集『洟をたらした神』に収められた「かなしいやつ」(満直のこと)を重ねて、朝ドラの開墾風景に感情移入をしてしまった。

「かなしいやつ」に、満直がせいの夫・吉野義也(三野混沌)あてに書いた手紙が紹介されている。「俺もデンマルクの農業でも研究して理想的な農業経営をやりたいと思っている」

「デンマルクの農業」とはデンマーク式の有畜農業のことだ。同時代、デンマークから選抜されて北海道へ入植した一家は、北欧風の白い木造家屋を建て、畜舎をつくり、農耕馬2頭、乳牛6頭、豚20頭、鶏50羽を飼い、プラオ、カルチベータ、ハロー、ヘーレーキ、播種機、種子選別機などの機械を使って15町歩の有畜農業を経営した(北海道・マサチューセッツ協会ニューズレター日本語版=平成20年7月26日発行)。
(アニメドラマのロケハンで、なつたちは「三畦(さんけい)カルチベータ」という、大正時代に十勝で開発された農具も見ている=写真上2)

内村鑑三の『デンマルクの国の話』にこうある。「デンマルクの富は主としてその土地にあるのであります。その牧場とその家畜と、その樅と白樺との森林と、その沿海の漁業とにおいてあるのであります。ことにその誇りとするところはその乳産であります、そのバターとチーズとであります」

朝ドラでも牛乳をつかったアイスクリームやバターが登場する。北海道の移民史やデンマーク式の農業その他、あれやこれやを思い浮かべながら見る楽しさが、この朝ドラにはある。

――と書いてきて、なつたちが手がける「大草原の少女ソラ」では、バターをつくる道具(バターチャーンというらしい)、あれがソラの宝物になるのではないかと思い至った。そこに、満直が夢みた世界が重なる。「開拓者精神」への賛歌が響き渡る。

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