2020年9月23日水曜日

小板橋弘展

                            
 月が照らす穏やかな海の波打ち際近く、孤島がでんと立っている。島の上3分の2は段状に草が生え、てっぺんはキノコの傘のように緑で膨らむ。松らしい木が数本生えている。手前の砂浜には釣り人がひとり、青い釣り箱兼イス?に座って釣り竿を握る。わきには焚(た)き火が赤々と燃え、煙が一筋たなびいている。

 絵=写真=のタイトルは「月夜」。「冬の月光の中、凪(な)いだ海で独り釣りをする人。静寂三昧(ざんまい)の時。」という言葉が添えられている。作者は北茨城市の山里に住む小板橋弘さん(61)だ。

孤独がしみる絵なのだが、なぜか心が洗われる=写真。寂寥(せきりょう)の極致だからこそ、静けさが見る人の心にエネルギーを注入する。小板橋さんは岩絵具を使って作品をつくる。油絵とは違った、淡くやわらかい色彩が温かい。それもまた寂寥を穏やかに包みこむ。

 いわき市立美術館で9月12日~10月25日まで「メスキータ展」が開かれている。1階ロビーで同時開催をしているのが、ニュー・アート・シーン・いわきの「小板橋弘展」だ。

 小板橋さんの来館に併せて、月曜日(9月21日)午後、メスキータの「だまし絵」を見てから、小板橋さんに会った。

 小板橋さんは栃木県で生まれた。「海に憧れサーフィンに熱中した。『豊間の海は良いよ』という誘いにのって初めていわきの海を訪れたのが18歳の時。そんな彼の作品には海をテーマにしたものが多い」(図録)

画家として自立することを決めた平成3(1991)年、電気もないいわき市川前町の山奥にアトリエを構えた。私は4年後の平成7(1995)年から、週末、夏井川渓谷の隠居へ通うようになった。それまで住んでいた画家が引っ越し、空き家にしておくのはもったいないと、故義父に管理人役を申し出た。

 小板橋さんの家は、渓谷で夏井川に合流する中川の上流の集落、外門(ともん)からさらに山に入ったところにあった。それこそ「ポツンと一軒家」の世界だったろう。隠居の前住者である画家と昵懇(じっこん)だったこともあり、一度、私たちが隠居の庭でバーベキューをしていたときに、婚約者と一緒に合流したことがある。小板橋さんは平成9(1997)年、結婚を機に川前から北茨城に移り住んだ。それ以来だから、四半世紀ぶりの再会になる。

 冒頭の絵の話に戻る。小板橋さんがこの絵を描いたのは平成14(2002)年。その後、同23(2011)年3月11日、東日本大震災がおきる。島の上半分が崩落し、そばにあった小さな島は地盤沈下とともに水没した。北茨城の「二ツ島」は一つになり、さらに大きく欠けた。

ウ(鵜)の生息地として国の天然記念物に指定されている、いわき市泉町下川の照島も、震災で「ソフト帽」(台形)が「とんがり帽子」(三角形)に変わった。

作品の評価とは関係のない話だが、少なくとも絵の題材やカメラの被写体として知られた風景が天変地異で激変するのは悲しいことだ。人の記憶もまたそれに合わせて崩落する。心象風景であっても、小板橋さんの「月夜」はかつてそこにこんな島があった、ということを今に伝える。

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