若い仲間が「出張キッチン」と称して、カツオとスズキを丸ごと持ち込んだ。メニューは、カツオとスズキの刺し身、スズキの炙(あぶ)り刺し身、カツオのたたき、鯛(たい)めし、カツオの摺(す)り流し汁、そしてホヤの塩辛、鶏の唐揚げ――。これを7人でつつきながら、飲んで、語り合った。
カツオとスズキの刺し身以外はほとんど口にしたことがない。摺り流し汁は前回の飲み会のときに初めて味わった。下準備が大変なのは、手伝ったカミサンがこぼしていたのでわかる。だからこそというべきか、うまい。うまさがのどにしみとおる。粗汁の大胆・素朴な味に比べると、繊細で上品だ。
いつもは、街なかの店で飲み食いしながら、情報交換をする。コロナ禍以来、静かなところで――となって、わが家の近くの故義伯父の家を会場にしている。コロナ問題が収まれば、また街に出る。街の飲み会もそれなりにおもしろい。
雑学的な情報が行ったり来たりするなかで、いっとき美術講話になった。いわき市立美術館で開催中の「メスキータ展」では、最後の最後、出口のそばに「ハンカチなしでくしゃみをするな」というポスター作品が展示されている。それを聞いた瞬間、「しまった」と思った。
9月21日にメスキータ展を見た。同展はドイツの個人コレクション約230点で構成されている。所蔵者の好意で「撮影OK」というおまけがついている。
お目当ては木版画「ヤープ・イェスルン・デ・メスキータの肖像」だった=写真上1。鼻と口がそのまま獣の顔になっている。作品をさかさまにすれば、ちょうネクタイが黒い髪の毛の人間の目になり、ずらした眼鏡と目もカエルの顔のように見える。要は「だまし絵」だ。
その絵と対面したあとは集中力がとぎれた。最後に「ハンカチなしでくしゃみをするな」が用意してあるとは思いもしなかった。「もういいや」。メスキータの教え子のエッシャーの作品を見ながら、出口へ直行した。
サミュエル・イェスルン・デ・メスキータ(1868~1944年)。このオランダの画家は、第一次世界大戦(1914~18年)とスペインインフルエンザ(スペイン風邪=1918~20年、日本では~21年)の時代を生き抜いたものの、第二次世界大戦下、ナチスドイツによってアウシュヴィッツ強制収容所で亡くなった。
飲み会の翌日、つまりきのう(9月27日)だが、メスキータ展の最後に展示されている作品=写真上2=を見に行った。キャプションにはこう書かれていた。「本展出品作品の所蔵者が初めてメスキータの作品と出会ったのは、1980年のソスマン・ギャラリーであった。その時に開催されていたメスキータ展のポスター。/使用された作品中の言葉の意味は、『ハンカチなしでくしゃみをするな』である」
100年前、スペインインフルエンザが世界を襲ったとき、まだウイルスが原因だとはわかっていなかった。しかし、くしゃみから飛沫(ひまつ)感染をすることは経験的に知られていたのだろう。メスキータの作品から当時の「せきエチケット」の様子がうかがえる。日本ではこのときからマスクが一般化した。
新型コロナウイルスが世界を凍らせている。日本では、人はどこへ行ってもマスクを着用している。マスクの習慣がない欧米でも、ニュースを見る限り、ハンカチからマスクへ――という流れができつつあるらしい。
この作品をメスキータ展の最初に持ってきた美術館もあるそうだ。その方が年寄りにはわかりやすかったかもしれない。100年単位でモノゴトを考えるいい「実例」になった。
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