2022年1月12日水曜日

小川・三島のハクチョウ

                      
 小川・三島のハクチョウたちを見るのは、暮れの12月30日以来、10日ぶりだった。平市街の下流、塩(新川合流部)からサケの簗場(やなば)の先にかけては、何カ所かに分散して休んでいる。街へ行くたびにウオッチングする。人の姿はまずない。三島ではたいがい、だれかが右岸に立ってえさをやったり、写真を撮ったりしている。

 9日の日曜日は午前10時ごろ、夏井川と国道399号が隣り合う三島を通過した。朝の食事を終え、近くの田んぼへ飛んでいく個体が相次ぐ時間帯だ。

 ちょうど車と並走するように飛び立った1羽がいる。助手席のカミサンがとっさにカメラを向けた。

 撮影データを拡大すると、翼の下の様子がよくわかる=写真。飛んでいるときの足のかたちがおもしろい。空気抵抗を少なくするようにそろえられている。翼の反り具合やくちばしの角度からも空気の流れが感じられる。

 と、これは夏井川渓谷の隠居へ向かっていたときの話。帰りにはまた違った感慨がわいた。

年が明けて何日かしたとき、野鳥の会のTさんから電話がかかってきた。野鳥の会に古米100キロ提供の話があった。ついては三島でえさやりをしている人に提供したい、連絡がとれないか――。

昨春、翼をけがして三島に残留したコハクチョウが1羽いる。朝、えさをやっている「白鳥おばさん」と知り合った。おばさんから電話がかかってくることもある。白鳥おばさんに電話をすると、同じくえさをやっているMさんの電話番号を教えられた。

Mさんには昔、えさやりをしているときに一度会ったことがある。といっても、名乗ったわけではない。そのまま通り過ぎるのも何なので、写真を撮らせてもらった。

Tさんに、白鳥おばさんとのやりとりを踏まえてMさんの電話番号を伝える。と、隠居へ行った次の日、Tさんから電話がかかってきた。Mさんと連絡がついた、喜んでいた、いつ届けるか、というところまできた、という。よかった、よかった。

Tさんは同じ電話で、「私は白鳥」というドキュメンタリー映画があることを教えてくれた。いわきの「馬目さん(故人)と同じだ」という。翼をけがして飛べなくなった1羽のハクチョウに寄り添っている1人の人間を、地元富山のテレビ局が追った。自分をハクチョウと思っている。白鳥讃誉厚温善清居士――馬目さんも最後はハクチョウになった。

平成12(2000)年「左助」が、翌年「左吉」が翼をけがして夏井川に残留する。同15年の大水で平窪から約8キロ流され、そのままそこに定着した。この2羽が呼び水になって、平・塩~中神谷にも越冬地が形成された。

中神谷の対岸・山崎に住む馬目さんは同24年に亡くなるまで、左助・左吉と飛来したハクチョウに毎朝、えさをやり続けた。

私は会社を辞めると早朝、堤防の散歩を始めた。それで、馬目さんとも知り合い、会うと必ず話をするようになった

Tさんは野鳥の会いわき支部報「かもめ」に、「左助・左吉と過した2200日~馬目夫妻の白鳥物語」を書いた。白鳥物語がまた、時と場所を変えて続いている。

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