コロナ禍、2月に始まったロシアのウクライナ侵攻、3・11、福島県沖を震源とする地震、年度末の事務や会議、そして検査通院……。
イギリスの詩人、T・S・エリオットは「4月は最も残酷な月だ」といったが、私には3月がそうだった。
前はいわき市立総合磐城共立病院といった。敷地内に新病棟が建設され、オープンと同時にいわき市医療センターと改称したのが平成30(2018)年12月25日。3年ちょっと前だ。
今年(2022年)2月、かかりつけ医による地域連携予約で、オープン後初めて中に入った。2月は2回、3月は4回通った。
10年前に同じ地域連携で旧病院の世話になった。持病の不整脈のほかに貧血がみられるというので、胃カメラをのみ、内視鏡で大腸も調べた。ポリープがいくつか見つかった。
貧血症状が改善されたあとは、1年、あるいは2年に1回、ポリープの経過観察が続き、今年久しぶりに胃カメラと内視鏡検査を受けた。
腸のポリープは、前にも切除する話が出ていた。「今回は取りましょう」ということになって、先日、日帰りで切除した。
共立病院時代は外来患者と入院患者の家族、見舞客などで駐車場が混雑した。なかでも朝9~10時台がピークだった。
今はどうか。旧病棟が解体されて駐車場に変わり、約700台が止められる。病棟から遠い・近いはあるが、駐車スペースを探すのに苦労することはなかった。
外来の診察も前は混雑して待たされたイメージがある。が、時間予約のせいか、すんなり診てもらった。
驚いたことがある。駐車場からは西方の湯の岳に「乙女」の姿に似た杉林が見える=写真。内郷の人はこれをクマに見立てるが、私にはどうしても「座って本を読んでいる乙女」にしか見えない。医療センターからだと、この乙女がはっきりと、すぐ目の前に見える。
それと、もう一つ。ポリープ切除後、アルコールは1週間飲まない、激しい運動や遠出は避ける、といった指示が出た。念のため、切除前夜から組織検査の結果を聞くまで、半月はアルコールを控えた。
で、医療センターでの診察が終わった晩、恐るおそる焼酎をなめた。もしかして、初めてアルコールを飲んだときのような……と思ったが、頭がグラグラすることはなかった。
10年前は循環器のドクターが担当した。アルコールについて聞くと、「病気が悪くなってもよくなることはない」とにべもない。
当時はしばらくアルコールを控え、ブログも半年ほどは休み休み書いた。昔もそうだったが、今も晩酌をやりながらブログの下書きをつくる。それがすっかり生活の一部になっている。
適度なアルコールは心の潤滑油になる――そんなことを口にすると、必ず「どのくらいを適度というの?」と返ってくる。
きょうから4月。コロナ禍は収まらない。福島県は感染がリバウンド傾向にあるため、3月いっぱいとしていた「感染拡大防止重点対策」を4月17日まで延長した。「残酷な月」は続く。
0 件のコメント:
コメントを投稿