2022年10月12日水曜日

ネギの種まき

                      
    私が夏井川渓谷の隠居で栽培している三春ネギは、10月10日前後の日曜日に種をまく。春まきは4月10日、秋まきは10月10日――。ネギの師匠と土地の人に教わってから、そうしている。

種は、梅雨の晴れ間にネギ坊主を摘み、乾燥させて採る。今年(2022年)は6月中旬に摘んだ。気温の上がった同23日、“水選”してごみや中身のない種を取り除き、一晩軒下に置いた。

一つひとつはゴマ粒のように小さい。すぐ乾く。それを乾燥剤とともに小瓶に入れて、秋まで冷蔵庫に保管する。

最初は隠居のなかで、常温で保管した。ところが、いっこうに発芽しない。ネギは暑さと湿気に弱い。冷蔵保管を知り、それを始めてからはちゃんと発芽するようになった。

種をまくにも段階がある。苗床をつくる。石灰をまく。肥料をすき込む。日曜日ごとに少しずつ準備を進め、3連休ど真ん中の10月9日に種を筋まきにした。

この日は、後輩が早朝から隠居の庭の草刈りをしてくれた。「もう作業が始まっているかもしれない」。午前10時前にJR磐越東線の江田駅前を通ると、道端の空き地で小野町のNさんが直売所の囲いを組み立てていた。

車を止めてあいさつをと思ったが、仕事のジャマになるのでそのまま通過する。Nさんは紅葉シーズンになると、自分の畑で栽培している長芋やゴボウを直売する。

以前は郡山の阿久津曲がりネギと同じ曲がりネギを売っていた。甘くてやわらかいので、毎年買っているうちに、顔なじみになった。

5年ほど前、このネギが直売所から姿を消した。Nさんは会社勤め、ネギ栽培の主力はNさんの両親だった。父親が入院したり、母親が腰を痛めたりして、直売所へ出すほどの量が栽培できなくなったらしい。

それでも、直売所を開くと立ち寄り、買い物ついでに曲がりネギの話をする。そのたびにNさんはすまなそうな顔をする。そんなことを思い出しながら隠居に着くと、後輩が上の庭の草刈りを終えるところだった。

ほどなく下の庭の草刈りが始まり、私も上の庭で風呂場からホースを伸ばし、ネギの苗床に水をやりながら種まきの準備を進めた。

と、そこへ後輩に伴われてNさんがやって来た。後輩の姿を最初に見つけたのだろう。お互いに「なんでここに?」という表情になった。まずは1年ぶりの再会を喜ぶ。

用件は単純だ。隠居の隣は「錦展望台」。震災前、土地の所有者が谷側の杉林を伐採し、古い建物を解体して更地にした。「錦展望台」と名づけて行楽客に開放した。

所有者が亡くなったあとは、地元に住む親戚のAさんが管理している。Aさんからは「(直売所に)貸すよ」といわれていたそうだ。

「電話番号を知らないか」という。すぐ近くにAさんの家がある。「踏切を渡ってまっすぐ」云々(うんぬん)と教える。

江田駅前より錦展望台の方が、紅葉が映える。隣に直売所ができれば、隠居へやって来た人間にも声をかけやすくなる。そのうえ、「今年はネギもつくったから、持ってきます」。いよいよ「開店」が待ち遠しい。

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