間もなくスペインへ戻るという日、実家が夏井川の下流域にある画家阿部幸洋がわが家へ遊びに来た。
まだ午後の2時、アルコールで乾杯といきたかったが、宵には会議がある。コーヒーをすすりながら雑談した。
知り合ってから、半世紀がたつ。阿部が平の草野美術ホールで2回目の個展を開いたとき、取材した。私は23歳、阿部は20歳だった。すぐ飲み友達になった。
阿部は結婚と同時に油絵の本場、スペインへ渡ってラ・マンチャ地方の村に住み、奥さん(すみえちゃん)が亡くなったあともひとり、そこで絵を描き続けている。
すっかり向こうの気候風土に体がなじんだようだ。「日本に戻ってくると、空気が重い、(水の中を)泳ぐような感覚になる」
何かの拍子に、そんな話になった。油絵具は乾いた空気のなかで本領が発揮される。日本の湿潤な空気は、油絵には向いていない。だからこそ向こうにとどまって絵を描いている――確か、そういった流れのなかで日本の空気の重さに言及したのだった。
すみえちゃんも生前、同じことを言っていた。阿部とともにスペインから里帰りすると、車の運転手を兼ねてわが家へやって来た。「日本の夏の空気は湿って重い。その中をかき分けて歩くような感じ」
西欧の乾いた空気を知らない人間には、同じ日本の湿った空気に対する反応の違いがうらやましかった。
スペインの男性は女性の何に「美」を感じるのか、といった話にもなった。周りにいるスペイン人を観察してのことだろう。
彼らがひきつけられるのは「尻(しり)」だという。その理由を、モデルに対する画家のように、クールに説明する。丸い、尻。
カミサンが「イタリアも同じ、本に書いてあった」とつぶやく。本とは、内田洋子『イタリア発イタリア着』(朝日文庫、2021年2刷)=写真=だ。なかに、イタリア人の「ヒップ信仰」が紹介されている。
著者は日本のメディアにイタリアの記事を配信している。あるとき、男性誌から特集テーマが提示された。「女性のどこに色気を感じるか」
イタリア全土に散らばる記者たちと手分けして、さまざまな男性に取材すると、ほぼ全員が異口同音に「おしり」とこたえたそうだ。
イタリアの女子バレーボールは、スポーツのなかでも抜群に人気が高いという。実力もある。身体は鍛え抜かれ、ユニフォームはヒップラインがいっそう美しく見えるようにデザインされているそうだ。
ラテン系と言ってしまえばそれまでだが、中南米では尻が丸く大きい女性が多い。大阪万博のとき、初めて尻の大きい女性を見て仰天した。
女性の尻などはふだん、意識したこともない。スペインの話にイタリアのトピックが加わって、洋の東西でこうも美意識が違うのかと感じ入った。
要は、多様性。どちらがいいという話ではない。金子みすゞのあの詩が思い浮かぶ。「みんなちがって、みんないい」
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