図書館の新着図書コーナーに、マリア・レッサ/竹田円訳『偽情報と独裁者――SNS時代の危機に立ち向かう』(河出書房新社、2023年)があった=写真。著者がどこのだれか、よくわからないままに借りて読んだ。
フィリピンのジャーナリストだった。著者略歴などによると、子どものころ渡米して教育を受け、帰国してアメリカのCNNマニラ支局を開設・運営した。やがて、インターネットメディア「ラップラー」を共同で立ち上げ、調査報道に基づいてドゥテルテ大統領の強権政治を批判した。
弾圧にも屈しない姿勢が世界の注目を集め、2021年にはロシアの独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリー・ムラートフ編集長とともに、ノーベル平和賞を受賞している。
「権力の乱用や暴力の横行、強まる専制政治の実態を自由な表現で暴いた」「ドゥテルテ政権の暴力的な麻薬撲滅キャンペーンに社会の注目を集めたほか、ソーシャルメディアがどのようにフェイクニュースを広め、嫌がらせや世論操作に使われているかを伝えた」
メディアが伝える授賞理由からも、彼女の闘いぶりがわかる。彼女自身、権力からあらぬ嫌疑をかけられ、ネットでいわれのない攻撃を受けた。
「序章」だけで十分、著者がどんな環境の中に置かれているかがわかる。「2年足らずの間に、フィリピン政府が私に対して発行した逮捕状は10通にのぼる」。「ラップラー」は、創業5年目を迎えたころには、称賛から一転して政府のターゲットになった。
法の支配が世界的になし崩しになっているのはインターネットに民主主義的ヴィジョンが欠けていることが発端だという。
「この10年間、私は、テクノロジーの神のごとき力が、嘘というウイルスを私たちに感染させて、互いに争わせ、恐怖、怒り、憎しみを煽り、あまつさえこれらを作り出して、世界中で権威主義者と独裁者の台頭を加速させてきたのを目撃し、記録してきた」
春先、マイケル・ベリー/竹田純子訳『「武漢日記」が消された日』(河出書房新社、2022年)を読んだときにも、「偽情報」の感染力のすごさを感じた。
新型コロナウイルスが中国・武漢で猛威を振るい、ロックダウンが続いた日々を、地元の作家がブログ「武漢日記」につづった。それが海外で翻訳・出版されることが伝わると、作者と翻訳者に中傷が集中した。
権力批判がからむと、それを守るために絶えずだれかが話の内容をすり替えたり、偽情報をばらまいたりするらしい。アメリカの大統領選でも、ウクライナ戦争でもそんな話が伝わってきた。
マリア・レッサは、自分が受けた「ネットの暴力」をつぶさに明かす。その具体例を通して、SNSの怖さに思いが至る。それを根底におかないと、この世界はゆがんだ時空に迷い込んでしまうのではないか――そんなことを思った。
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